甲山町(読み)こうざんちよう

日本歴史地名大系 「甲山町」の解説

甲山町
こうざんちよう

[現在地名]甲山町甲山

甲山盆地中央付近、大田(おおた)川(現芦田川)南岸に位置する在郷町で、その南側の古城(こじよう)山一帯を町域に含む。もと小世良(おぜら)村と一村であったが、古城山北麓に造営された今高野山(いまこうやさん)(龍華寺)の門前町が発達し、この町分を高山(こうざん)町(のち甲山町)としたと伝える。町は石見路(赤名越)沿いにあり、今高野山参道より西を上(かみ)市、東を下市とし、下市の北側に背戸(せど)小路がある。世羅郡東部を占めた大田庄の支配の拠点として建立された今高野山はこの地の宗教・政治・経済の中心として繁栄し、それに伴い町並も拡大したと考えられる。西隣の本郷(ほんごう)村(現世羅町)に家並が続くが、甲山町・本郷村の境は、中世の大田庄以来の桑原(くわばら)方・大田方の境界である。


甲山町
こうざんちよう

面積:九九・四八平方キロ

世羅郡の東部に位置し、世羅台地の東部を構成する標高約三五〇―四〇〇メートルの高原と、芦田(あしだ)川およびその支流域に展開する町。西南部から東流する芦田川は川尻(かわしり)で北に流れを変え、伊尾(いお)から南流して府中市に至る。伊尾に多目的の三川(みかわ)ダムが造られ、川尻に人造湖神農(しんのう)湖があり、小谷の八田原(おたにのはつたばら)にはダム建設計画がある。町の西南部の甲山は、今高野山(いまこうやさん)の門前町、石見路(赤名越)の宿駅として発展した町で、江戸時代以来の郡の中心であり、交通の拠点でもある。西南部を国道一八四号、東部を国鉄福塩線が走り、八田原・備後三川の両駅がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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