伏部村(読み)ふすべむら

日本歴史地名大系 「伏部村」の解説

伏部村
ふすべむら

[現在地名]大牟田市唐船(とうせん)

手鎌(てがま)村の北、甘木(あまぎ)丘陵の南西麓にある。村名は賦部(ふすべ)とも記される。天文一九年(一五五〇)頃のものと推定される年月日欠の三池氏等知行坪付(田尻家文書/佐賀県史料集成七)に「ふすへ」六町とみえる。田尻氏が龍造寺隆信に従ったのちの天正七年(一五七九)から同八年頃のものとみられる年月日欠の田尻鑑種知行坪付(同上)などにも「ふすへ村」六町が記される。


伏部村
ふすべむら

[現在地名]神埼町大字竹(たけ)字伏部

城原(じようばる)川のやや西方に位置し、北は熊野寺(くまんでら)村、南は六町牟田(ろくちようむた)村に接する。正保絵図に村名がみえる。天明三年(一七八三)の郷村帳によれば「箕目(みめ)ケ里(り)」と別称される。幕末には箕目村と称す。


伏部村
ふすべむら

[現在地名]巻町伏部

角田(かくだ)山の東麓にあり、稲島(とうじま)村の南に連なる。平地は少ない。元和四年(一六一八)の長岡藩知行目録に村名がみえ、村高四一石余とある。寛永一一年(一六三四)三根山領となる(「長岡懐旧雑記」長岡の歴史)。正保国絵図も同領。文久三年(一八六三)の高直しにより三根山藩領となる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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