日本歴史地名大系 「会所町」の解説 会所町かいしよまち 北海道:渡島支庁函館市旧函館区地区函館会所町[現在地名]函館市元町(もとまち)・末広町(すえひろちよう)内澗(うちま)町の本通りの上(山側)を並行して走る通りに沿った町で、「八幡社より西、役所の下迄」をいった(「蝦夷日誌」一編)。函館沿革図の安政三年(一八五六)の図や万延元年(一八六〇)の箱館全図に町名がみえる。「箱館夜話草」では「内澗町附上通」として町名があげられており、近世の町政のうえでは内澗町に入れられていたようである。同書によると、前期幕府領時代、「東蝦夷地出産物直捌の節、其掛りの人々御用達伊達清兵衛、栖原半助をはじめ、其外会処勤の手代どもの家宅のみなりし故に」会所町とよばれるようになったという。 会所町かいしよまち 福島県:相馬市中村城下会所町[現在地名]相馬市中村(なかむら) 大手先(おおてさき)御会所(おかいしよ)町ともいう。中村城の大手門から南に向かい、御壇(ごだん)小路に至る長さ六〇間の通りで、延宝三年(一六七五)六月に大手先から会所が移転された。よって政庁が置かれたことが町名の由来とされる。会所のなかには町奉行所があり、門前には訴訟箱が置かれたこともあった。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by