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但馬皇女 たじまのおうじょ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

但馬皇女 たじまのおうじょ

?-708 飛鳥(あすか)時代,天武天皇の皇女。
母は藤原氷上娘(ひかみのいらつめ)。異母兄高市(たけちの)皇子の宮にいたとき,異母兄穂積親王をおもってよんだ恋歌3首が「万葉集」にみえる。和銅元年6月25日死去。
【格言など】人言(ひとごと)を繁み言痛(こちた)み己(おの)が世に未だ渡らぬ朝川渡る(「万葉集」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

但馬皇女

没年:和銅1.6.25(708.7.17)
生年:生年不詳
7世紀後半の皇女。父は天武天皇,母はその夫人藤原氷上娘。持統朝のころ(686~97)には異母兄高市皇子の宮にあり,妃などの記述はないが妻として同居していたものと思われる。『万葉集』には,このころの皇女と,同じく異母兄穂積皇子との相聞歌が残り,勅により近江の山寺に遣わされた穂積皇子への想いをうたった皇女の歌もある。それから数年のうちに高市皇子は死去するが,その後の穂積皇子との関係は不明。藤原宮趾木簡に,多治麻内親王家家令の陽胡甥が典薬寮に薬を請求しているものがある。亡くなったときは三品。穂積皇子は皇女没後の冬に,その墓に雪が降るのを思いやる歌を残している。子はなかったようであるが,穂積皇子との恋愛を通説のように悲恋とみなすことができるかどうかは考える余地がありそうである。

(児島恭子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

たじまのひめみこ【但馬皇女】

?‐708(和銅1)
万葉歌人。天武天皇の皇女。高市皇子(たけちのみこ),穂積皇子(ほづみのみこ)らの異母妹。持統朝に,高市皇子の宮にあって穂積皇子を思う〈秋の田の穂向きの寄れる片寄りに君に寄りなな言痛く(こちたく)ありとも〉以下3首が連続して《万葉集》巻二相聞に採録されており,いずれも穂積への激しい恋情吐露の歌である。穂積皇子は但馬皇女の没したとき墓をのぞみ悲傷して歌を詠んでいる。ほかに巻八に1首あるが,一書によれば子部王の作とされている。

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大辞林 第三版の解説

たじまのひめみこ【但馬皇女】

?~708) 天武天皇の皇女。母は藤原鎌足の娘氷上媛。「万葉集」に一途な恋心を歌う相聞歌四首を残す。

出典|三省堂
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