改訂新版 世界大百科事典 「佐竹秀義」の意味・わかりやすい解説
佐竹秀義 (さたけひでよし)
生没年:1151-1225(仁平1-嘉禄1)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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…常陸出身の中・近世の武家。清和源氏(図)。新羅三郎義光が兄義家に協力するため常陸介として下向し,子義業が久慈郡佐竹郷を領有,孫昌義が母方について土着し,奥七郡を支配して佐竹冠者とよばれるようになった。昌義の子と思われる義宗は下総国相馬御厨の預職に任命されている。源頼朝挙兵に当たっては,秀義が平氏に荷担して頼朝包囲に加わったが,1180年(治承4)逆に頼朝によって金砂山に攻められ,奥州に敗走,父祖の地を失った。…
※「佐竹秀義」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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