保久良神社遺跡(読み)ほくらじんじやいせき

日本歴史地名大系 「保久良神社遺跡」の解説

保久良神社遺跡
ほくらじんじやいせき

[現在地名]東灘区本山町北畑

六甲ろつこう山塊から南に派生する尾根上にあって、標高一八二メートルの保久良神社境内地域と、標高二八〇メートルの金鳥きんちよう山南尾根地域に分れる。弥生時代中期後半を最盛期とする高地性集落跡。保久良神社境内地域に関する昭和一七年(一九四二)の報告書では境内とその周辺に分布する巨石群を「磐境」とし、二つの群を設定している。巨石の石質は石英粗面岩と緑泥片岩で、後者は持運ばれてきた石で、巨石は大小の石を根固めして据え、一部には粘土をつき固めているという。根固めの粘土中から土師器の一種または弥生土器の最終期頃に属すると思われる赤色素焼土器細片を検出し、一二の巨石群に配列の規則性を認め、径約九〇メートルと径一二〇メートルの二つの円圏を想定した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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