保寿寺(読み)ほうじゆうじ

日本歴史地名大系 「保寿寺」の解説

保寿寺
ほうじゆうじ

[現在地名]斐川町中洲

中洲なかのすのほぼ中央、網場あんば川のやや北側に位置する。安楽山と号し、臨済宗相国寺派、本尊阿弥陀如来。寺蔵文書に康正三年(一四五七)のものが含まれており、中世には天台宗寺院であったと思われる(斐川町史)。現町内の多くの寺と同様に近世に入って宗派を変えて再興された。


保寿寺
ほじゆじ

[現在地名]飯田市今田

今田いまだ村の北部に位置する。臨済宗妙心みようしん寺派、蒼竜山と号す。本尊は馬頭観音。寺伝によれば、弘安年中(一二七八―八八)に今田民部太夫定寿によって創立され、開山は京都妙心寺の開山関山無相大師一四世の法孫竹隠と伝えられる(竜江村史)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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