信楽院
しんぎよういん
近世の呉服町の南に位置する。仏智山大松寺と号し、浄土宗。本尊は阿弥陀如来。開基は蒲生貞秀(智閑、信楽院)で、以後蒲生家の菩提寺となる。「蒲生旧趾考」によれば、貞和五年(一三四九)蒲生高秀が信楽荘内の牧(現滋賀県信楽町)にある「紫香楽寺」の古仏をもらい受け、小御門城の馬場に小堂を建て安置したのが始まりで、明応七年(一四九八)貞秀がこれを音羽城内に移し、阿弥陀寺(現同県栗東町)の宗真を迎えて中興開山としたという。貞秀は浄土宗に帰依し、宗真が文明一六年(一四八四)に京都知恩院御影堂の法然上人像を修理したとき、大施主となった(同像銘、円光大師行状画図翼賛)。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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世界大百科事典(旧版)内の信楽院の言及
【顕如】より
…戦国時代の浄土真宗の僧。諱(いみな)は光佐,号は信楽院。本願寺第11世。…
※「信楽院」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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