日本大百科全書(ニッポニカ) 「全面発達論」の意味・わかりやすい解説
全面発達論
ぜんめんはったつろん
人間の諸能力の調和的、統一的発達を意味する概念で、古来人類の教育理想として継承発展してきた。とくに知的労働と肉体労働を結合する教育によって、青少年の精神的、身体的な諸力の全面的発達を目ざす社会主義、共産主義社会において教育の根本目的として重視されている。全面発達(ドイツ語ではallseitige Entwicklung、ロシア語ではвсестороннее развитие/vsestoronnee razvitie)の思想は古代ギリシアやルネサンス期にその萌芽(ほうが)がみられるが、それらは一部の特権階級だけを対象にしていた。ルソー以後の近代教育思想において、初めて市民や人民を対象にする全面発達論が登場する。ルソーは「農夫のごとく働き哲学者のごとく思索する人間」を理想とし、ペスタロッチは、頭(精神)と手(技術力)と心臓(心情力)の三つの根本力を、心臓の優位の下に統一することを教育の目的とした。また空想的社会主義者たち、とくにフーリエやオーエンは彼らの描いた理想社会のなかで、生産労働と教育の結合による万人の全面発達を唱え、オーエンは自己の学校で一部を実践に移した。
全面発達論を大きく前進させ、その現実的可能性を科学的に解明したのはマルクスであった。彼は不断の技術革新を本質とする大工業そのものが、労働者の全面発達の前提をつくりだすこと、しかし、階級対立と古い分業を残す資本主義社会では、その実現が制約されること、そして社会主義社会において初めて全面発達が可能になることを主張し、総合技術教育(ポリテフニズム)の必要性を強調した。
[藤井敏彦]