コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

円載 えんさい

3件 の用語解説(円載の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

円載 えんさい

?-877 平安時代前期の僧。
最澄に師事し,承和(じょうわ)5年(838)唐(とう)(中国)に留学。天台教義の疑問点について天台山の諸師より解答(「唐決」)をえて日本におくる。おなじく留学中の円珍とともに密教の灌頂(かんじょう)をうけた。在唐40年余ののち,元慶(がんぎょう)元年帰国の途中暴風雨で遭難死した。大和(奈良県)出身。

出典|講談社
デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて | 情報 凡例

朝日日本歴史人物事典の解説

円載

没年:元慶1(877)
生年:生年不詳
平安前期の天台宗の僧。大和国(奈良県)の人。最澄の弟子。承和5(838)年唐に渡り,天台宗の教義に関する疑義を天台山の学僧に呈し,解答を受けて日本に送った(『唐決』1巻)。皇帝宣宗の厚遇を受け,西明寺に住し,また紫袍を賜った。日本の朝廷に在唐留学の延期を申請して許可され,黄金を給された。その後,斉衡2(855)年には,円珍と共に青竜寺の法全より灌頂を受けた。元慶1(877)年,日本に帰国する途中暴風雨にあって船が難破し,溺死した。40年近くも唐で過ごした円載は,この間日本からの留学僧の世話をしたりしたが,破戒,悪行も多かったという。

(本郷真紹)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
朝日日本歴史人物事典について | 情報

世界大百科事典 第2版の解説

えんさい【円載】

?‐877(元慶1)
平安前期の天台僧。最澄の弟子。838年(承和5)入唐し,天台宗義に関する疑問50を天台山の高僧に呈して答釈を得,日本に送った。これが《唐決》1巻であり,初期日本天台宗の興隆に大きな役割を果たした。その後,彼は日中両朝の保護を得て修法につとめ,在唐すること40年,877年典籍数千巻を携えて帰国の途中,暴風のため溺死した。円仁や円珍に比べて,彼は非運の留学僧であった。【薗田 香融】

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
世界大百科事典 第2版について | 情報

円載の関連キーワードカール[2世]円載円載大江音人フォティオス元慶高幡不動八坂神社ウジミナス王建

今日のキーワード

百条委員会

地方自治体が議決により設置する特別委員会の一つ。名称は「地方自治法第100条」に基づく。百条委員会は、地方公共団体の事務に関する調査を行い、関係者への聞き取りや記録の提出を請求、拒否した者には罰則が科...

続きを読む

コトバンク for iPhone