切詰関所跡(読み)きりづめせきしよあと

日本歴史地名大系 「切詰関所跡」の解説

切詰関所跡
きりづめせきしよあと

[現在地名]八尾町庵谷

飛騨と越中を結ぶ飛州二ッ屋村ひしゆうふたつやむら道に置かれた近世の関所。切詰は野積のづみ谷の最南端、国境にあるため古来より守人が置かれたと伝え、その由来から庵谷いおりだにに設置されても切詰関所と称したものか。あるいは庵谷を枝村とする切詰という地名の汎称性によるものか。同街道は飛騨二ッ屋村(現岐阜県河合村)からなら峠を越えて越中に入る街道で、八尾では飛騨街道と通称していた。「飛騨国中案内」によれば、国境から切詰村までが二里、切詰村から八尾町内までが五里の行程であった。関所は寛文三年(一六六三)街道にまたがった建物が設けられ、多田黒田の両家が交替手形の調査と口役銀の徴収にあたっていたとされる(婦負郡志)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む