初鹿野昌次(読み)はじかの まさつぐ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「初鹿野昌次」の解説

初鹿野昌次 はじかの-まさつぐ

?-1624 戦国-江戸時代前期の武将
武田信玄・勝頼(かつより)父子につかえる。永禄(えいろく)4年(1561)信玄の命によって初鹿野名跡をつぐ。使番十二人衆をへて,足軽大将,侍大将となった。天正10年武田家滅亡後は徳川家康につかえた。寛永元年11月15日死去。享年は81歳とも,84歳ともいう。本姓加藤通称弥五郎,伝右衛門。名は昌久とも。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む