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加賀美遠光 かがみ とおみつ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

加賀美遠光 かがみ-とおみつ

1143-1230 平安後期-鎌倉時代の武将。
康治(こうじ)2年2月28日生まれ。甲斐(かい)源氏,逸見(源)清光の子。治承(じしょう)4年(1180)富士川の戦いに平氏をやぶり,元暦(げんりゃく)元年源範頼(のりより)にしたがって西海におもむき平氏と対戦。源頼朝の推挙によって信濃守となる。文治(ぶんじ)5年奥州攻めにもくわわった。寛喜(かんぎ)2年4月19日死去。88歳。甲斐(山梨県)出身。通称は二郎。

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朝日日本歴史人物事典の解説

加賀美遠光

没年:寛喜2.4.19(1230.6.1)
生年:康治2.2.28(1143.3.16)
平安末・鎌倉前期の武将。甲斐源氏源清光の子。治承4(1180)年源頼朝の挙兵に応じ,平家追討戦に参加。文治1(1185)年8月,頼朝の推挙により,源氏6人受領のひとりとして信濃守に任ぜられる。

(三田武繁)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の加賀美遠光の言及

【信濃国】より

…義仲の滅亡後鎌倉幕府が成立し,頼朝の信濃国支配が進められた。信濃国は将軍家知行国(関東御分国)とされ,国司に甲斐源氏の加賀美遠光,目代に頼朝の腹心比企能員(よしかず)が補任され,比企能員は守護職を兼務した。鎌倉幕府が将軍独裁制から北条氏を中心とした政治へ移る過程で,1203年(建仁3)には比企事件,13年(建保1)には信濃国御家人泉親衡(いずみちかひら)の乱が起こった。…

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