日本大百科全書(ニッポニカ) 「労働歯科衛生」の意味・わかりやすい解説
労働歯科衛生
ろうどうしかえいせい
労働衛生のうち、歯科疾患に関連した問題を取り扱う分野をいう。労働歯科衛生は、厚生労働省の指導監督のもとに労働安全衛生法、同施行令、労働安全衛生規則などの法令に基づいて運用されている。労働歯科衛生の目的は、歯科領域に現れる職業病の予防と、う蝕(しょく)(むし歯)、歯周疾患などの一般の歯科疾患による作業能率の低下を防止することにある。歯科領域に現れる職業病としては、まず塩酸・硫酸・硝酸・フッ化水素などのガスやミストが直接歯に作用して歯質を冒す歯の酸蝕症があげられる。この疾患は、酸の製造工場、薬品工場、めっき工場などで発生しやすいものである。作業環境や勤続年数によって障害の程度が異なり、歯の表面に白濁がみられる軽度なものから、象牙(ぞうげ)質が完全に露出して痛みを感じるものまでさまざまである。また、鉛・カドミウム・ヒ素・クロムなどの粉塵(ふんじん)の吸入による慢性中毒の場合には、鉛縁(なまりえん)などの歯肉着色や歯肉炎・口内炎を引き起こすので、化学工業、金属精錬工業、クロムめっき工業などではとくに注意が払われなければならない。なお、リンやヒ素では骨髄炎や骨疽(こっそ)を引き起こすこともある。そのほか、高温作業による前歯の亀裂(きれつ)、粉塵による歯の摩耗なども職業的な疾患である。これら疾患を予防するためには、換気による作業環境の改善、有害物質に触れないための遠隔操作や防具の使用、作業途中での洗口、各個人の作業時間の短縮、衛生教育、健康管理などが必要となる。
[市丸展子]