翻訳|dust
大気中に浮遊している微細な固形粒子をいう。これに対して、ガス状態から凝縮によって生じた固形微粒子をフュームfumeとよぶ。フュームでは、溶融した金属からの蒸発によって気体となった成分が、空中で酸化したうえで凝縮して固形微粒子となったものが多い。また、ミストmistとよばれるものは、液状凝縮によって生じた分散液滴で、噴霧や飛沫(ひまつ)化を通じて生成されることが多い。煙smokeは燃焼によって生じた微粒子状の炭化物で、可視的性質をもつというのが一般的見解である。なお、大気中に浮遊する微粒子を総称してエーロゾル(煙霧質。エアロゾルともいう)という。
粉塵は、吸気とともに気道に入るが、その粒径や形状によって途中でとどまったり、肺胞にまで達したりする。一般に20マイクロメートル以上のものは上気道にとどまるが、これより微細な粒径のものは小気管支から肺胞に達する。とくに1マイクロメートル前後のものは肺胞に達して有害性を現すとされる。粉塵が肺胞に達せず、途中の気管支内壁に沈着した場合には、気管支線(繊)毛上皮の線毛の働きによって気管の入口まで運び戻され、嚥下(えんげ)または喀出(かくしゅつ)される。粉塵の有害性を左右する性質としてあげられるのは溶解性である。溶解性の高い物質であれば、その化学的性質にしたがって沈着局所に対する刺激、あるいは肺胞上皮から血流内への吸収がおこる。
[重田定義]
塵肺症(塵肺)pneumoconiosisは粉塵によるもっとも代表的な疾患である。肺胞に沈着した粉塵は、肺組織に刺激を与え、線維細胞の新生と集結による組織の線維化をおこす。この肺の線維化は、粉塵が肺胞内に入ったときに食細胞がそれを処理できなかった場合に、粉塵を包囲する形でおこる。肺の線維化は肺胞などの肺実質から血管などが通っている肺間質へと進行し、結節性の変化やびまん性の変化をおこす。肺の線維化は肺の組織の弾力性を低下させるため、肺の換気能力が低くなり、酸素の血流内への取り入れにも障害が生ずる。具体的には呼吸困難、心悸亢進(しんきこうしん)、咳(せき)、痰(たん)などの症状が発現する。塵肺のなかでは珪肺(けいはい)がもっとも多くみられるが、そのほかにアルミニウム肺、鉄肺などがある。なお、近年石綿粉塵による職業病や、近隣住民への健康被害が注目されるようになった。石綿は断熱材として校舎、住宅、工場、ビルなどの建築物や自動車に広く使用され、これらの解体作業や改修作業に伴って飛散した石綿繊維を吸入することによって、石綿肺、中皮腫、肺癌(がん)などの疾患が生じる。石綿肺は、数年以上にわたって石綿粉塵を吸入した場合、肺にびまん性の繊維増殖をおこすもので、息切れ、咳(せき)、呼吸不全をおこす。中皮腫は、胸膜、腹膜、心膜などに生じる悪性腫瘍で、石綿粉塵暴露後20~40年経過してから発症して慢性に経緯する。肺癌は、石綿肺に合併して発症することが多い。厚生労働省の「業務上疾病発生状況」によれば、2006年度(平成18)の業務上疾病の発生件数は8369件であり、このうち、塵肺症および塵肺合併症は、全体の9.1%を占めている。塵肺症および塵肺合併症を産業別でみると建設業が目だって多く、ついで鉱業、窯業・土石製品製造業となっている。
塵肺は、通常、粉塵作業に従事してから数年ないし十数年経過してから発症するが、治療効果があがらず、肺結核や気管支拡張症、肺気腫(はいきしゅ)などをおこして死亡する例も多い。したがって、予防がもっとも重要な対策となる。塵肺の予防を目的とした「じん肺法」は1960年(昭和35)に制定されたもので、健康診断、保護具使用、粉塵の発散防止などを使用者に義務づけている。また、粉塵作業に長年従事し退職した者については健康管理手帳が交付され、離職後も健康診断が受けられるように配慮されている。
このほか、粉塵による疾患としては、花粉によって生ずる花粉症(枯草(こそう)熱)などのアレルギー症、ベリリウムによる急性肺炎、急性気管支炎、慢性線維性間質肺炎のほか、鉛粒子の吸入による鉛中毒などの中毒性疾患があげられる。
[重田定義]
『海外技術資料研究所専門委員会編訳『粉塵による大気汚染防止技術』(1970・海外技術資料研究所)』▽『木村菊二著『粉塵測定法――作業環境管理のために』(1979・労働科学研究所)』▽『三浦豊彦著『労働と健康の歴史7 古典的金属中毒と粉塵の健康影響の歴史』(1992・労働科学研究所出版部)』▽『財団法人厚生統計協会編・刊『国民衛生の動向』各年版』
空気中に浮遊している粒状物を一般に塵埃(じんあい)というが,このうち土砂岩石,金属,植物など固形物が破砕されてできる直径0.1μmから数十μmの微小粒子をいう。ただし広義には空気中の浮遊する微粒子状物質全般をさすこともあり,この場合,最近では浮遊粉塵またはエーロゾルともいう。広義の粉塵には,狭義の粉塵,フューム(金属を融解した際,ガス状の金属が凝結してできる0.1μm以下の微粒子),ミスト(液体が蒸発した後,凝集してできた液体微粒子)などが含まれる。これらの粉塵は人体や精密機械・製品へ悪影響を及ぼす。人体への害作用には数μm以下の粒子が主として関与し,粉塵の成分と量によって,塵肺,急性肺炎,慢性気管支炎,気管支喘息(ぜんそく)や鼻炎などのアレルギー性疾患,結核,インフルエンザ,猩紅(しようこう)熱,はしかのような伝染性疾患の伝播や,中毒,癌などをひき起こしたりする。したがって一般大気環境では,1時間値の1日平均値が0.1mg/m3以下であり,かつ1時間値が0.2mg/m3以下であることという環境基準が,1972年に環境庁によって設定されている。作業環境では,1948年労働省労働基準局長通達で個別の粉塵についての数値が定められ,それ以後,日本産業衛生学会が毎年総会の議を経て一般粉塵,個別粉塵の許容濃度や許容基準を勧告し,労働省がこの値を抑制目標として採用し,行政指導や措置を行っている。諸外国においてもほぼ似た取扱いがされている。最近,LSIや超LSIに代表されるような超精密電子部品製造などで,製品の精度を確保するために作業環境中の粉塵を低下させることが必須の条件となってきていることもよく知られた事実である。発塵の防止や飛散の抑制,作業者の防塵対策,医学的管理,粉塵の除去などについての改善も進められている。粉塵の測定法には,フィルターを用いるろ過捕集,電気集塵,インピンジャーを用いる液体捕集,インパクターを用いる捕集での重量法や計数法のほか,光散乱法,圧電てんびん法,β線吸収法を用いる方法が使われている。
執筆者:溝口 勲
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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