作業環境(読み)さぎょうかんきょう(その他表記)work environment

翻訳|work environment

最新 心理学事典 「作業環境」の解説

さぎょうかんきょう
作業環境
work environment

働く職場あるいは現場の環境は,作業の能率,作業負担と疲労モチベーション,品質,働く人の安全と健康などに大きな影響を与える。安全で快適な職場環境を目指し,作業環境の測定・評価と設計・改善を行なうことは人間工学,労働科学,産業衛生学の中心的テーマである。

【職場環境】 狭義の職場環境は,職場の物理的環境であり,これには照明温熱湿度粉塵気圧騒音臭気,作業空間の広さなどが含まれている。これらがどの程度の値の範囲にあることが適切かは,そこで行なう作業の内容や性格によって異なる。酸素の低濃度,一酸化炭素,有機溶剤,放射線,そのほかの有毒物質など,作業者の安全を脅かす作業環境については,政府による厳しい規制があり,それを守らなければならないことは言うまでもないが,事業者によるリスクアセスメントrisk assessmentによって,自主的に管理方法を定めたり,取り扱いのルールを作って実践することが求められている。1992年に改正された労働安全衛生法では,職場環境の最低基準を作って守らせる政策から一歩進んで,快適な職場環境を作ることを事業者の努力義務にした。この法律の規定に従って厚生労働大臣が出した「事業者が講ずべき快適な職場環境の形成のための措置に関する指針」(快適職場指針)では,「作業環境の管理」,「作業方法の改善」,「労働者の心身の疲労の回復を図るための施設・設備の設置・整備」,「職場生活を支援する施設等の改善」などの視点で対策を講じるよう求めている。快適職場指針に見られるとおり,快適な職場環境の条件は単に作業場所の物理的環境が良いということだけではない。無理のない作業姿勢,使いやすい機器・設備,食堂,休憩室,運動施設,相談室,カウンセラー,清潔なトイレ,必要ならば更衣室やシャワー設備など,肉体的にも精神的にもストレスが少なく,疲労やストレスが蓄積する前に解消できる環境の整備が求められているのである。

【産業安全】 就業中に労働者が死傷したり疾病にかかることを労働災害industrial accidentという。わが国の労働災害による死者数は1961年に6712人の多数に上ったが,1972年に労働安全衛生法が制定・施行されてから急激に減少した。それでも,毎年1000人程度が業務中の事故で死亡しており,4日以上の休業を伴う傷病者は10万人を超える。したがって,産業界では労働災害の防止が重要な課題であることに変わりはない。労働災害の種類としては,建設業,製造業における転倒,転落,機械に挟まれたり巻き込まれたりする事故が相変わらず多いが,近年では交通事故も大きな比重を占めている。仕事に自動車を使うのは運送業だけではなく,サービス業を含むあらゆる業種,業務に広がっているからである。また,通勤,退勤途中の事故で死傷するものを通勤災害というが,これはほとんどが交通事故である。工場や発電所で大きな事故があると,事業所で働いている人が死傷するだけにとどまらず,近隣住民の安全が脅かされたり,広範な環境汚染を引き起こしたりする場合がある。産業安全ということばは,一般的には労働災害の防止に関連して用いることが多いが,産業現場での事故防止全般に関連して使われることもある。

ヒューマンエラーhuman error】 ヒューマンエラーとは,意図した目標を達成することに失敗した,あるいは,意図しない負の結果(事故や損失など)をもたらした人間の決定や行動である。ヒューマンエラーの概念は,化学プラントや航空機といった高度な技術システムにおいて,システムの一要素である人間が失敗をすることによって生じるシステムの不具合や事故を減らす必要性が高まった時代背景の中から生まれた。巨大化,複雑化,自動化が進んだシステムの中で,オペレータや保守作業員の犯した小さな失敗が思いもよらない大惨事を引き起こす事例が1970年代ころから頻発するようになったからである。現在では,機械化,自動化,コンピュータ化があらゆる業界・業務に及び,プラント産業や航空にとどまらず,他の産業,交通,医療においても,ヒューマンエラーの対策が事故防止,産業安全の重要な課題となっている。

 ヒューマンエラーは人間の認知情報処理の失敗である。したがって,認知情報処理システムのメカニズムを理解すれば対策を提案することができ,逆にヒューマンエラーを研究すれば人間の情報処理システムを理解する一助になるのではないかと考え,多くの認知心理学者がヒューマンエラーに関する研究に参入した。ノーマンNorman,D.A.やリーズンReason,J.がその代表である。ノーマン(1981)は行為の意図を形成する段階で発生するエラーをミステイクmistake,意図を実行する段階で起きるエラーをアクション・スリップaction slipと分類した。ミステイクは行為の意図が間違っていたもので,錯覚,勘違い,判断ミスなどによって間違った意図が形成されたとみなすことができる。したがって,その発生は人間の知覚,記憶,意思決定のメカニズムから説明可能である。一方,アクション・スリップは,意図は正しかったのにそのとおりに実行できなかったもので,この発生メカニズムについて,ノーマンは活性化・トリガー・スキーマシステムactivation-trigger-schema system(ATSシステム)による説明を試みている。ヒューマンエラー事故の対策としては,⑴エラーの要因となりうる装置・機器・表示デザインの改良,教育,訓練,作業手順の改善,⑵エラーが起きても事故に至らないようなシステムやしくみづくり,⑶事故が大きな被害をもたらさないようにする保護具,バリア,危機管理体制の整備が求められる。

【不安全行動と違反】 産業界では,事故を引き起こす恐れのある危険な行動を不安全行動unsafe actとよぶ。不安全行動には意図しないエラーを含む場合があるが,意図的な違反violationとリスク・テイキング行動risk-taking behaviorだけを指す場合もある。決められた作業手順を守らない,保護具を使わないというような安全マニュアル違反はしばしば事故・労働災害の原因となる。また,このような違反行為は自分や同僚の身の安全を脅かすという点でリスク・テイキング行動ともみなすことができる。これらの行動は行為者によって意図的に選択され実行されるという点で,意図しないエラーとは発生要因も効果的な対策も異なるものである。意図しないエラーの多くは機器デザインの人間工学的な改良で予防できるのに対し,不安全行動の背景には心理学的,社会心理学的要因があり,対策は罰則や監視の強化だけではなく,不安全行動を選択する要因を取り除く方策が必要である。

【組織要因と安全文化】 1986年に起きたチャレンジャー号爆発事故とチェルノブイリ原子力発電所事故が契機となって,事故の背景に組織の問題があることが指摘されるようになった。安全管理体制の欠陥,安全より生産性や利益を重視する職場の風土,組織構成員の安全意識欠如などの問題である。人的要因human factorに対する組織要因organizational factorという概念が生まれ,リスクのある事業を運営する企業や組織に安全文化safety cultureを醸成することが必要だと考えられるようになった。リーズン(1997)は,安全文化の要素として,報告する文化reporting culture,正義の(公正な)文化just culture,柔軟な文化flexible culture,学習する文化learning cultureの四つを挙げ,それぞれをどのように育成するかについての提案を行なっている。 →災害心理学 →人間工学
〔芳賀 繁〕

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改訂新版 世界大百科事典 「作業環境」の意味・わかりやすい解説

作業環境 (さぎょうかんきょう)

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「作業環境」の意味・わかりやすい解説

作業環境
さぎょうかんきょう

労働環境

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