日本歴史地名大系 「南瀬村」の解説
南瀬村
のうぜむら
東郷の南東部、蛇行して西流する
南瀬村
みなみせむら
豆酘村の北西に位置し、朝鮮海峡に面する。史料上は多く瀬村とするが、
豆郡のうちとして「せ」とみえる。寛文二年(一六六二)の検地帳に豆酘郡瀬村とあり、高一一石余。貞享三年(一六八六)の神社誌に瀬村として
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
東郷の南東部、蛇行して西流する
豆酘村の北西に位置し、朝鮮海峡に面する。史料上は多く瀬村とするが、
豆郡のうちとして「せ」とみえる。寛文二年(一六六二)の検地帳に豆酘郡瀬村とあり、高一一石余。貞享三年(一六八六)の神社誌に瀬村として
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...