単庵智伝 (たんあんちでん)
室町時代の画家。生没年不詳。《鷺図》(東京国立博物館)ほか数点の水墨画が現存するが,《等伯画説》の記事が経歴をしるす唯一の資料である。それによれば,尼崎の塗物下絵師の出身で,相阿弥に見込まれて弟子となった。喧嘩で若死にしたと伝えられ,血気さかんな職人かたぎの画人であったらしい。作品には阿弥派の画風が認められるが,鋭い筆勢,動的な画面構成,吹墨の使用などに特色があり,豊かな才能の幅を感じさせる。
執筆者:衛藤 駿
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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単庵智伝 たんあん-ちでん
?-? 戦国時代の画家。
永正(えいしょう)(1504-21)のころ郷里の摂津尼崎(兵庫県)で塗り物の下絵をえがく。のち相阿弥(そうあみ)の弟子になり,水墨画をのこした。代表作に「鷺図」「梅雀図」。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
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単庵智伝
たんあんちでん
室町時代の画家。家業は尼崎で器物の絵付け。相阿弥の弟子となり,水墨画家となったが,けんかで若死にした。京都慈芳院の『竜虎図屏風』や小品の遺作がある。
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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