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卜部兼倶 ウラベカネトモ

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デジタル大辞泉の解説

うらべ‐かねとも【卜部兼倶】

[1435~1511]室町中期の神道家。別姓、吉田。京都吉田神社の神官。唯一神道吉田神道)を創始。足利義政の知遇を受け、神祇伯(じんぎはく)白川家と対抗して神職界に勢力を伸ばし、全国の神社を支配するほど勢威をふるった。著「唯一神道名法要集」「神道大意」など。

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百科事典マイペディアの解説

卜部兼倶【うらべのかねとも】

吉田兼倶

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

卜部兼倶 うらべ-かねとも

吉田兼倶(よしだ-かねとも)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

卜部兼倶
うらべかねとも

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

卜部兼倶
うらべかねとも
(1435―1511)

室町中期の神道家。吉田(よしだ)神道の大成者。吉田氏を称す。代々の神祇(じんぎ)官僚家の神祇権大副(ごんのたいふ)兼名(かねな)の子として誕生。初名は兼敏(かねとし)。1467年(文正2)1月に正四位上に叙せられたとき兼倶と改めた。この年、侍従、神祇権大副に任ぜられ、以後しだいに頭角を現した。まず、それまでの神仏習合思想などに対して神道至上主義、日本中心主義の元本宗源(げんぽんそうげん)神道(唯一(ゆいいつ)神道、吉田神道)を唱え、『神道大意』『唯一神道名法要集』『神道由来記』などの著で、神道神学を新たに樹立した。80年(文明12)後土御門(ごつちみかど)天皇のために『日本書紀』を講書初めの儀で講じ、これより朝廷、公家(くげ)に近づき、さらに将軍足利義尚(あしかがよしひさ)にも『日本書紀』を講じた。また京都神楽岡(かぐらおか)の吉田神社内に斎場所を設け、89年(延徳1)伊勢(いせ)の神宮がそこへ飛来したと密奏し、神宮側より非難されたが、さらに吉田神道の根本殿堂として大元宮(だいげんきゅう)を設けた。一方、宗源行事など新たな神道的行事を始めて、一般大衆をも支配するに至り、中臣祓(なかとみのはらえ)のほか、三種大祓、六根清浄祓(ろっこんしょうじょうはらえ)などを唱えて広く教化活動にあたった。93年(明応2)神祇大副となったが、それとは別に神祇管領長上と称し、全国の神社また神職を支配し、江戸末期に至るまでの吉田家の基礎を確立した。永正(えいしょう)8年2月19日没。[鎌田純一]

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