卜部兼方(読み)うらべかねかた

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

卜部兼方 うらべ-かねかた

?-? 鎌倉時代の神道家。
卜部兼文の子。弘安(こうあん)-嘉元(かげん)(1278-1306)ごろの人。神祇権大副(じんぎのごんのたいふ)兼山城守(かみ)。「日本書紀」の注釈書「釈日本紀」を編集した。名は懐賢ともかく。

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朝日日本歴史人物事典の解説

卜部兼方

生年:生没年不詳
鎌倉後期に神祇官に仕えた官人。中世古典研究における代表的学者のひとり。懐賢ともいう。平野社預の卜部家において兼文の子として生まれ,神祇権大副,正四位下となる。『日本書紀』神代巻を書写(自筆本が現存)したのち,『釈日本紀』を著した。文永・建治年間(1264~78),父の兼文が,一条実経とその子家経から『日本書紀』の解釈についての質疑を受けたため,同書の講筵を行った。兼方は『釈日本紀』の中に「先師」の説として,その時の兼文の発言をとりいれているが,その内容は神代巻に集中しており,卜部家の家学としての神代巻研究の成熟度が知られる。それらを大成したのが兼方の『釈日本紀』である。内容は実証的で,その後に思想的色彩を強めていく卜部家学の基盤を培ったものといえる。<著作>『国宝卜部兼方自筆日本書紀神代巻』(複製),尊経閣本『釈日本紀』(複製),『釈日本紀』(新訂増補国史大系8)

(白山芳太郎)

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

卜部兼方
うらべかねかた

生没年不詳。鎌倉中期の古典学者。懐賢(かねかた)とも記す。卜部家は、もと神祇官(じんぎかん)の下級官僚家の一つであったが、しだいにその地位を固め、また古典伝承の家としても知られていた。神祇権大副(ごんのたいふ)兼文(かねふみ)(生没年不詳)の子であり、彼も神祇権大副まで昇進した。彼の著『釈日本紀(しゃくにほんぎ)』28巻は『日本書紀』註釈(ちゅうしゃく)書の初期に属する大著であり、なかに、平安初期に天皇の前で講じた諸博士の講義録ともいうべき『日本紀私記』や、家説として伝承された説を記しており、『日本書紀』研究史上の重要な書である(『新訂増補国史大系8』所収)。この『釈日本紀』は1274年(文永11)より1301年(正安3)ごろまでに成立したものとみられている。[鎌田純一]

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世界大百科事典内の卜部兼方の言及

【釈日本紀】より

…鎌倉時代に書かれた《日本書紀》の注釈書。著者は卜部(うらべ)兼方(懐賢)。28巻。…

※「卜部兼方」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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