友枝 喜久夫
トモエダ キクオ
- 職業
- 能楽師(喜多流シテ方)
- 生年月日
- 明治41年 9月25日
- 出生地
- 熊本県 熊本市
- 学歴
- 済々黌卒
- 経歴
- 代々細川藩お抱えの能楽師の家柄で、初舞台は6歳の時「国栖」の子方を、初シテは10歳で「経政」を演じる。昭和2年上京して喜多流宗家に入門。喜多六平太、実両師に師事。39年「松風」で芸術祭奨励賞、43年「猩々乱」で芸術祭大賞、53年「羽衣」で芸術選奨文部大臣賞を受賞。眼が悪く面を付けると見えないに等しい状態ながら、能シテ方として多彩に活躍。
- 所属団体
- 日本能楽会
- 受賞
- 芸術選奨文部大臣賞〔昭和53年〕「羽衣」 芸術祭賞奨励賞〔昭和39年〕「松風」,芸術祭賞大賞〔昭和43年〕「猩々乱」,観世寿夫記念法政大学能楽賞〔昭和63年〕,伝統文化ポーラ大賞〔平成1年〕,熊本県近代文化功労者〔平成5年〕
- 没年月日
- 平成8年 1月3日 (1996年)
- 家族
- 息子=友枝 昭世(喜多流シテ方),孫=井上 雄人(喜多流シテ方)
- 伝記
- 美は匠にあり日本の伝統美を訪ねて行雲抄能のドラマツルギー―友枝喜久夫仕舞百番日記姿―井上八千代 京舞井上流四世・友枝喜久夫 喜多流能楽師ダンスの誘惑日本の舞踊老木(おいき)の花―友枝喜久夫の能 白洲 正子 著白洲 正子 著白洲 正子 著渡辺 保 著吉越 立雄 撮影,白洲 正子,渡辺 保 文土屋 恵一郎 著渡辺 保 著白州 正子 著,吉越 立雄,大倉 舜二 写真(発行元 平凡社河出書房新社世界文化社角川書店求竜堂青土社岩波書店求竜堂 ’04’01’99’95’93’92’91’89発行)
出典 日外アソシエーツ「新撰 芸能人物事典 明治~平成」(2010年刊)新撰 芸能人物事典 明治~平成について 情報
友枝 喜久夫
トモエダ キクオ
昭和・平成期の能楽師(喜多流シテ方)
- 生年
- 明治41(1908)年9月25日
- 没年
- 平成8(1996)年1月3日
- 出生地
- 熊本県熊本市
- 学歴〔年〕
- 済々黌卒
- 主な受賞名〔年〕
- 芸術祭賞奨励賞〔昭和39年〕「松風」,芸術祭賞大賞〔昭和43年〕「猩々乱」,芸術選奨文部大臣賞〔昭和53年〕「羽衣」,観世寿夫記念法政大学能楽賞〔昭和63年〕,伝統文化ポーラ大賞〔平成1年〕,熊本県近代文化功労者〔平成5年〕
- 経歴
- 代々細川藩お抱えの能楽師の家柄で、初舞台は6歳の時「国栖」の子方を、初シテは10歳で「経政」を演じる。昭和2年上京して喜多流宗家に入門。喜多六平太、実両師に師事。39年「松風」で芸術祭奨励賞、43年「猩々乱」で芸術祭大賞、53年「羽衣」で芸術選奨文部大臣賞を受賞。眼が悪く面を付けると見えないに等しい状態ながら、能シテ方として多彩に活躍。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報
友枝喜久夫 ともえだ-きくお
1908-1996 昭和-平成時代の能楽師シテ方。
明治41年9月25日生まれ。友枝三郎の孫。喜多流。昭和2年上京し,喜多六平太(ろっぺいた)(14代宗家),喜多実(15代宗家)に師事。師の芸風をうけつぎ,能シテ方の最長老として活躍した。平成8年1月3日死去。87歳。熊本県出身。済々黌(せいせいこう)(現済々黌高)卒。
出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例
友枝 喜久夫 (ともえだ きくお)
生年月日:1908年9月25日
昭和時代;平成時代の能楽師
1996年没
出典 日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」367日誕生日大事典について 情報
世界大百科事典(旧版)内の友枝喜久夫の言及
【喜多流】より
… 明治初期の家元にその人を得なかったため,伝来の面・装束を失ったことは惜しまれるが,14世六平太能心が幼くして家元を継承,浅野,井伊,藤堂,山内など旧藩主の後援と,紀喜和(旧津軽藩),松田亀太郎(旧水戸藩),梅津只円(旧福岡藩)らの助力によって流勢を盛り立て,また変幻自在のわざの切れは近代の名手とたたえられた。現在の家元は15世喜多実(みのる)(六平太の養子),ほかに重要無形文化財保持者各個指定(人間国宝)の後藤得三(実の兄),友枝喜久夫,粟谷新太郎,喜多長世(実の子)らが流儀を支えている。1983年現在,公認の玄人数は全国で約50名,五流中最も少ない。…
【喜多六平太】より
…1947年芸術院会員,53年文化勲章受章,55年重要無形文化財保持者各個指定(人間国宝)に認定。後継者に逸材が多く,養嗣子15世宗家喜多実(1900‐86),その実兄で人間国宝の後藤得三(1897‐1991),友枝喜久夫(1908‐96)らがいる。著書に《六平太芸談》がある。…
※「友枝喜久夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」