吉川新田(読み)よしかわしんでん

日本歴史地名大系 「吉川新田」の解説

吉川新田
よしかわしんでん

[現在地名]中主町吉川

吉川村内に開発された新田。寛延二年(一七四九)の八ヶ村取箇割付(滋賀大学教育学部歴史学研究室蔵)に承応二年(一六五三)から享保一九年(一七三四)に改め出された新田分として高二五八石余、うち引方は永荒・海入・砂入など二四石余、年貢納高六九石余とある。宝暦一〇年(一七六〇)には野洲川尻の洲四町余の新田開発を出願、同一三年までは無税だが四ヵ年分の地代銀四〇〇目を納入し、同一五年以後は検地を行い課税するとの条件で許可された。


吉川新田
きつかわしんでん

[現在地名]清水市吉川

吉川村の西、有度山うどさん丘陵北麓にある。元禄郷帳天保郷帳記載はないが、元禄八年(一六九五)の長崎村溜池裁許絵図(長崎区有)に「吉川新田」の位置が記され、幕末の東海道筋案内図には高一〇五石の記載がある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む