日本歴史地名大系 「吉田庄・吉田村」の解説
吉田庄・吉田村
よしだのしよう・よしだむら
現えびの市の西部を占める。建久図田帳に、島津庄のうち一円庄の一所として
南北朝期に入り、康永四年(一三四五)一一月二二日の開田出羽守領吉田村年貢濫妨事書(相良家文書)には、「開田出羽守殿御領」として吉田村がみえる。この開田出羽守は同年一〇月二七日足利尊氏から筑前国
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
現えびの市の西部を占める。建久図田帳に、島津庄のうち一円庄の一所として
南北朝期に入り、康永四年(一三四五)一一月二二日の開田出羽守領吉田村年貢濫妨事書(相良家文書)には、「開田出羽守殿御領」として吉田村がみえる。この開田出羽守は同年一〇月二七日足利尊氏から筑前国
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