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刈田狼藉(読み)カリタロウゼキ

百科事典マイペディアの解説

刈田狼藉【かりたろうぜき】

鎌倉時代,訴訟の未済中の田地の稲を一方的に刈り取る実力行使を,社会秩序を乱す行為として狼藉と呼んだ。以降刈田行為は単なる暴力行為と混同されるようになる。室町時代足利尊氏(たかうじ)はこれを取り締まる権限を守護に与えて,守護の権限を拡大した。戦国期には敵に対する兵粮攻めや味方の兵粮米のために刈田が行われた。
→関連項目大犯三箇条

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

刈田狼藉
かりたろうぜき

刈田ともいう。他者の知行(ちぎょう)する田畑の作毛を実力で刈り取る行為をいう。この前提には、その作毛が自己に権利ありとする暗黙の主張があったといえる。平安末期から戦国期にかけて行われ、とくに鎌倉・南北朝期に多い。形態としては、作毛獲得を目的とした窃盗行為、境相論(そうろん)における威嚇、所領裁判中での中間狼藉など種々に及ぶ。こうした行為を鎌倉幕府は重視し、1310年(延慶3)には検断沙汰(けんだんざた)の対象として守護にその鎮圧を命じた。その後、室町幕府により1346年(正平1・貞和2)には刈田狼藉は所領3分の1の召放(めしはなち)と定められ、やがて取締りが守護の専権とされるようになると、守護はそれを契機に国内の支配強化を進めていった。[久保田昌希]

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