壱和(読み)いちわ

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「壱和」の解説

壱和 いちわ

890-967 平安時代中期の僧。
寛平(かんぴょう)2年生まれ。奈良興福寺の増利に法相(ほっそう)をまなび,学識倶舎(くしゃ)宗の延祥と並び称された。天暦(てんりゃく)3年(949)延祥がさきに維摩会(ゆいまえ)講師になったため,尾張(おわり)(愛知県)熱田神宮に隠棲するが,神託により奈良にかえる。4年維摩会講師。少僧都康保(こうほう)4年5月死去。78歳。没年一説天禄(てんろく)元年。京都出身。俗姓は多治。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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