大学法制における契約(読み)だいがくほうせいにおけるけいやく

大学事典 「大学法制における契約」の解説

大学法制における契約
だいがくほうせいにおけるけいやく

[契約による予算配分]

近年,多くの先進諸国において,主として政府が設置する大学を対象として,規制緩和や競争拡大といった市場主義的大学改革が進められてきている。そうした改革のうち頻繁に用いられる手法の一つは,契約に基づく予算配分方式である。

 大学が契約を結ぶことはボローニャ大学以後の中世イタリアでも見られたことであるが,今日の形態が本格的に用いられるようになったのは1980年代のイギリスの大学(契約),サッチャー政権の下における大学改革においてである。同国では,イングランド高等教育財政審議会(Higher Education Funding Council for England: HEFCE)と各大学の契約である「財政覚書(イギリス)」を通じて,政府の政策に沿った大学運営を要求するという手法が取られた。契約に基づく財政配分は,イギリスに続いてフランスフィンランドスイス,オーストリア等,ほかの欧州各国でも採用されている。

 法的には,大学と政府間の契約は当事者間の意思表示の合致によって成立する法律行為ではなく,所管庁と大学との間の合意文書と解されている。これは通常対等な立場の当事者間で結ばれる契約とは異なって,政府と大学の間に契約関係を擬制するものである。政府が大学から教育・研究サービスを購入し,その対価として大学に国の政策に沿った活動を求めるとする考えである。また,契約制度自体はアングロ・サクソン諸国で発展してきた新公共経営(new public management: NPM)の手法の一つであり,政府機関全般に用いられている。大学でとくに用いられたのは,大学の自治の尊重と大学自らの改革を促すといった政策に基づくものといわれる。しかし,この契約によって(国立の)大学は政府の代理人と位置づけられ,政府の監視下に置かれるようになり,説明責任を求められるようになった(「主人・代理人」関係)

 日本では,2004年に実施された国立大学の大学法人化ならびに同年から始まった公立大学の法人化に伴って設定されることとなった中期目標が,本項目でいうところの契約に該当する。国立大学法人または公立大学法人は,当該中期契約に基づいて文部科学省または公立大学を設置する都道府県市から運営費交付金の配分を受けるが,中期計画期間後(実際はその後半)に評価が行われる。今日では,多くの国で大学への予算配分において契約制度が幅広く用いられ,さらに指標を含む評価制度と結び付いて,政府にとって大学の活動全体を統制するための重要な手段となっている。
著者: 大場淳

[フランス]

フランスの大学(契約)では,1984年の高等教育法(フランス)(サバリ法(フランス))において「研究,教育,資料収集は複数年度の機関契約(contrat d'établissement pluriannuels)の対象となり得る」と規定され,それに基づいて契約政策(フランス)(politique contractuelle)の拡大が図られてきた。大学等がその活動全般について中長期的な計画を策定し,国との対話を経て締結する契約(行政上の合意文書)に基づいて予算配分を受ける。この契約は機関契約(フランス)(contrat d'établissement)または契約期間に応じて五年契約(フランス)(contrat quinquennal)と呼ばれ,日本の国立大学法人制度における中期計画におおむね相当する。契約政策は当初大学等の予算の一部を対象にしたにすぎなかったが,2007年の「大学の自由と責任に関する法律(フランス)(LRU)」に基づいて自律性の拡大した新制度(拡大した責任と能力)へ移行した大学等については,人件費も含んで全予算(競争的資金を除く)が契約によって配分されることとなった(ただし教職員は原則として公務員であって,人件費についての大学等の裁量は限られている)。以前は契約期間は4年であったが,2011年の契約から5年に延長された。契約には活動内容,必要な資源(資金,人員等),達成すべき目標,評価指標等が盛り込まれ,これらは契約期間ごとに実施される機関評価に際しての基礎となる。
著者: 大場淳

[ドイツ]

[契約の背景] ドイツの大学(契約)高等教育の基本的な枠組みについて定めた大学大綱法(ドイツ)は,1998年に大幅に改正された。この改正のポイントは「自由」「競争」「国際化」とされた。そのなかで,とくに各大学が自己の責任において大学改革を遂行できるよう,経費の配分や人事の面で,学長や学部長の権限を強化することなどが要請されている。政府は,大学自らが改革を行う動機付けを与えることに徹すべきとされ,必要な措置を講ずるのはあくまで大学自身である。教育と研究の両面の実績に対応した経費配分方式を導入するというのがその趣旨で,その実施にあたってはとくに大学の自主性ということが重要とされている。これとドッキングする形で,各大学はその所在する州の文部省との間で,大学の発展目標に関して,具体的な達成目標について契約を締結することになった。

ベルリンの事例] ベルリンの大学法では,「大学契約(ドイツ)Hochschulvertrag」に関して次のように規定している。「文部省は,大学のさらなる発展の基本原則と大学の使命,とりわけ研究,教育および学修に対する州の支出額に関して,通常数年間の契約を大学との間で締結する。契約にあたっては,州議会の同意を必要とする」(「ベルリン大学法(ドイツ)」第2a条)。この条文を受けて,ベルリンにある各大学はベルリン州政府との間で契約を締結している。たとえばベルリン・フンボルト大学との間では,「2014年から2017年の間の州文部大臣と大学学長との間の契約」が締結され,この期間の財政上の支出額,教育,学修,研究助成,学術後継者の育成,大学入学,大学の国際化,男女平等の保障,障害者をもつ者の包摂(インクルージョン),費用対効果の透明性の向上,等々といった事柄について記述されている。

[大学契約の意義] 現在すべての州で州大学法(ドイツ)が改正され,州政府と各大学との間で,それぞれの高等教育機関が定める目標とその目標に対する州の財政保障を約束する「契約」が締結されるシステムが導入されている。期間は,単年度主義ではなく,ベルリンのように4年といった複数年が設定され,この間大学は連続性をもって自己の裁量により予算を執行することができる。州政府は,業績を考慮した予算配分により,大学間の競争を促し,予算の効率的な運用にもかなったものとされている。それは従来のインプット型からアウトプット型の大学管理への移行としてとらえることができる。またベルリンの大学法にあるように,大学契約の締結にあたっては州議会の同意を必要とし,大学はその達成について報告書を作成することが義務づけられている。
著者: 木戸裕

アメリカ合衆国の大学(契約)]

アメリカの大学には,設立目的に沿って大学の経営に関する自治を理事会法人に対して保障する設立認可状(アメリカ)(チャーター(アメリカ))の制度が伝統として存在する。この伝統は1636年設立のアメリカで最古の大学であるハーヴァード・カレッジにまでさかのぼることができる。カレッジの管理機関である理事会(アメリカ)のメンバーには,当時の政府関係者や牧師など地域の有識者と学長が参画し,教授陣はそこには入っていなかった。政府関係者や地域の有識者が理事会の構成メンバーに名を連ねたのは,植民地政府の直接のコントロールの下に大学を置くという意味ではなく,地域公共性を担保された人々による学外者管理(アメリカ)(レイマン・コントロール(アメリカ))というアメリカ的原理の具現であった。政府と法人組織との契約関係において大学自治を理事会に付託するこの制度は,その後1693年のウィリアム・アンド・メリーや1701年のイェールなど植民地時代に設立された九つのカレッジにも踏襲され,これらがアメリカでの大学自治の制度的基盤となった。

[独立宣言以降の公私二元制度と大学の多様化] 1776年に独立宣言が採択されて以降,州に付託された教育の権限を背景に,各州の政府や議会は最高学府としての州立大学(アメリカ)の構想と設立に力を注ぎ始めた。これが,のちに州の旗艦(フラッグシップ)となる総合大学(ユニバーシティ)としての州立大学設立運動の端緒である。植民地時代のカレッジを州に移管する動きについては,1819年に連邦最高裁判所がくだしたダートマス・カレッジ判決(アメリカ)によって,旧来の設立認可状に保障された大学の契約事項は引き継がれることになった。この判決はアメリカ的な公私観の二元制度が分岐する出発点として位置づけられる。1862年のモリル法(アメリカ)の成立は,連邦政府が付与する国有地を資金源として,工学や農学の教育分野から地域に貢献するアメリカ的な大学モデルを誕生させた。

[19世紀後半以降の大学の多様化と教員の自治参加] 19世紀後半から20世紀前半にかけては,大学の多様性が加速した時期である。この時期には2年制のジュニア・カレッジ,学士課程の教養カレッジ,博士課程の大学院大学,学部・大学院併設の総合大学,聖職者・医師・法律家などの職業専門教育を行う専門大学院(プロフェッショナル・スクール)など多様な大学類型が発展を遂げている。

 これに連動したのが教職員の専門性,組織規模の拡大と管理運営の複雑性の増大である。これらが大学教職員の自治参画の構造にも大きな変化をもたらした。予算・人事・基本計画立案など全学的な管理運営の権限をもった理事会に対して,とくに有力大学の教員が中心となって,教育・研究の専門職および被雇用者の立場から,大学の管理運営や意思決定過程に参画する要求と交渉が運動として続けられた。その動きを象徴するのが,歴史的には1915年に結成されたアメリカ大学教授連合(AAUP)の「1915年諸原則の宣言(アメリカ)」である。これは教授団の学問の自由と身分保障にかかわる最初の憲章として位置づけられる。これ以降,多くの大学では大学自治は全学レベルの統治(ガバナンス)問題として議論・展開され,大学の新たな経営管理の現実と特徴を形成してきている。その特徴とは,学外者原理の自治権を付与された理事会が,おもな参画主体である学長・副学長等の執行部と教師集団による評議会に対して,いかに適切に権限移譲できるかという共同統治(シェアード・ガバナンス(アメリカ))の問題である。
著者: 池田輝政

[イギリス]

イギリスの大学(契約)は法人格を有し,教員人事,教育課程・コースの編成,入学方針,学位授与,研究といった大学の活動は,各大学が自主的に管理運営を行っている。また,公益団体(charitable status)としての地位を有する機関である点も共通しており,この地位を有することで税制上の優遇措置を享受できる。

[学位授与権(イギリス)] 1992年の高等教育一元化以前からの大学(旧大学)では,国王の勅許状により,法人としての地位と学位授与権を同時に与えられた。1992年以降の大学(新大学)においては,92年継続・高等教育法により,枢密院に対し学位授与権を付与したのち,88年教育改革法により法人化した大学が任意に行う申請に基づき,枢密院での審査後に各大学に学位授与権が与えられる。

[入学制度] 大学入学についての統一的な法令上の規定はない。たとえば,入学のための最低年齢や最低学歴についても法的規定はない。各大学が定めた入学要件や基準に則って,入学選抜を実施している。各大学は外部試験機関が実施する卒業試験の成績を選抜資料とする一方で,大学進学希望者は入試業務を一括処理する機関である大学・カレッジ入学サービス(イギリス)(UCAS)を通して,希望大学に入学願書を送付する仕組みとなっている。

[教員] 大学教員は公務員ではなく,雇用主である大学との雇用契約に基づき働く被雇用者である。教授,上級講師,講師およびその他の教育・研究職がある。任用については各大学に裁量権があり,一般には研究業績をもとに独自の選考基準により任用している。大学教員の雇用期間は,期限付きと定年までとに分類されていたが,1988年教育改革法(イギリス)により,新規採用者(1987年11月20日以降)を対象にテニュアの制限(定年前に解雇可能)が規定された(同法203条,204条)。教員の給与は全国レベルで作成される給与表を基本に,資格,職責,実績,勤務年数などを勘案して各大学が決定している。この給与表は教員側と大学側の代表が合議し,毎年更新される。国はこれには関与しない。勤務時間に関しても各大学の規定や個人の契約により多種多様で,旧大学においては契約の中に必ずしも明記されていない。他方,新大学の教員の勤務条件は全国的な雇用条件に関する合意に基づくとされている。

[学生] 大学では授業料,試験料,学生組合費等の学生納付金を徴収している。また,生活費給付奨学金(イギリス)は家計所得に準じて支給される。2006年度の改正により,大学は法定授業料最高額以上の授業料(イギリス)を設定した場合には,大学独自義務給付奨学金を創設しなければならない。大学に授業料設定の決定権があるため,授業料額は大学により異なるが,授業料と大学独自の奨学金(bursary)の決定には教育機会公正局(Office of Fair Access)との協議が必要である。
著者: 秦由美子

[契約による予算配分]◎大﨑仁「国立大学法人の国際座標」『IDE 現代の高等教育』452,2003.

参考文献: 藤村正司「主人・代理人論からみた高等教育システム」『大学論集』39,広島大学高等教育研究開発センター,2008.

[フランス]◎Christine Musselin, La longue marche des universités françaises, Presses Universitaires de France, 2001.

[ドイツ]◎ベルリン文部省(Senatsverwaltung für Bildung, Jugend und Wissenschaft):https://www. berlin. de/sen/wissenschaft/wissenschaftspolitik/hochschulvertraege/

[アメリカ合衆国]◎江原武一『現代アメリカの大学―ポスト大衆化をめざして』玉川大学出版部,1994.

参考文献: 福留東土「アメリカの大学評議会と共同統治」『大学論集』44,広島大学高等教育研究開発センター,2013.

[イギリス]◎Department for Education and Skills, A Guide to financial Support for Higher Education Students in 2006/2007, London: DfES, 2007.

参考文献: 小林雅之編『諸外国における奨学制度に関する調査研究及び奨学金事業の社会的効果に関する調査研究』文部科学省先導的大学改革推進委託事業報告書,2007.

参考文献: 篠原康正「イギリス」『諸外国の高等教育』文部科学省,2004.

出典 平凡社「大学事典」大学事典について 情報