大平一里塚(読み)おおひらいちりづか

日本歴史地名大系 「大平一里塚」の解説

大平一里塚
おおひらいちりづか

[現在地名]岡崎市大平町 岡田

矢作川の支流おと川に架かる東海道大平橋を渡り、段丘上にある西大平のやや西端の街道南にある。永禄年間(一五五八―七〇)大平城主であった本多重次嗣子が築造したものである。北側は道路改修時に破却された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

国指定史跡ガイド 「大平一里塚」の解説

おおひらいちりづか【大平一里塚】


愛知県岡崎市大平町にある一里塚。東海道の岡崎宿と藤川宿の間にあり、塚の規模は高さ2.4m、底部は縦7.3m、横8.5mの菱形である。1604年(慶長9)に徳川家康によって五街道の制度が定められ、東海道、東山道(とうさんどう)、北陸道の3街道に江戸日本橋を起点として1里ごとに一里塚を築いたものである。当時は道路の両側に榎を植えて塚は5間四方あったという。1928年(昭和3)の道路改修の際に東北側の一里塚が破壊され、その跡には常夜灯とお堂ができている。1937年(昭和12)に国の史跡に指定された。残った南側の塚の中央に植栽された榎は巨木に育っていたが、1953年(昭和28)の台風で倒れてしまったため、現在の榎は2代目である。岡崎には、大平以外に一里塚が本宿(本宿町~里山)、藤川宿(藤川町~里山)、矢作(やはぎ)(宝珠庵(ほうじゅあん))にあったが、現在は大平一里塚だけが残っている。名鉄名古屋本線東岡崎駅から名鉄バス「大平西町」下車、徒歩すぐ。

出典 講談社国指定史跡ガイドについて 情報

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