大板山たたら製鉄遺跡
おおいたやまたたらせいてついせき
[現在地名]萩市大字紫福 大板
県の北東部、日本海に注ぐ大井川の支流山の口川の最上流部に位置する江戸時代のたたら製鉄遺跡。三ヶ岳の東麓、山の口川最奥の谷合の狭い平坦地に立地する。昭和五六年(一九八一)山口県教育委員会によってたたら場が確認され、数次の発掘調査の結果、同六三年県指定史跡となる。
萩藩領にみられる典型的な石見系たたら場の一つ。たたらの操業は宝暦期(一七五一〜六四)、化政期、一九世紀半ばの幕末期の三期。宝暦期は地元商人が経営、石見国津和野藩鉄山師紙屋伊三郎が協力した。化政期は同藩および同国浜田藩の鉄山師があたり、「石州五ケ所流鉄山」の一つとなる。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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「大板山たたら製鉄遺跡」の意味・わかりやすい解説
大板山たたら製鉄遺跡【おおいたやまたたらせいてついせき】
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