石炭産業(読み)せきたんさんぎょう(英語表記)coal mining industry

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

石炭産業
せきたんさんぎょう
coal mining industry

16世紀中葉からイギリスで家庭燃料や工業燃料として石炭が普及したため,石炭の生産は飛躍的に増加した。18世紀には製鉄業と蒸気機関の二大用途が加わって,石炭生産が産業として確立し,その後世界各国に普及した。世界の石炭埋蔵量は,技術的,経済的に採掘可能な実収炭量で 9090億6400万t(瀝青炭無煙炭 4787億7100万t,亜瀝青炭・褐炭 4302億9300万t)といわれている(2005末現在)。第2次世界大戦後,世界的な傾向として石油の生産と消費が急速に伸び,石炭から石油への転換という,いわゆる「エネルギー革命」が起こったため,出炭効率の悪い炭鉱は影響を受け,特に日本は全般的に打撃が大きかった。石炭は日本でほぼ唯一の国産エネルギー資源であるが,1961年を境にして経済性の見地からエネルギー供給の中心は石油に移行した。1次エネルギー供給に占める石炭の比率は 1951年の 54%から 1961年の 40%,1975年の 16%と急速に低下した。高炉用に使う良質の原料炭は輸入が国産量を上回って伸びているため,国内炭だけでみると,1975年に 1860万tと 1次エネルギー供給のわずか 3.4%で,10年前の約 6分の1以下に激減した。政府は 1955年に石炭鉱業合理化臨時措置法を制定し,石炭鉱業審議会を設け,相次ぐ合理化政策で非能率鉱の買い上げ,高能率鉱の助成と新鉱の開発など,いわゆるスクラップ・アンド・ビルド方式を強化した。1979年の第2次石油危機以後,石炭の見直しが行なわれ世界的に石炭の需要が増加したが,日本の炭鉱の自然条件はしだいに悪化した。

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百科事典マイペディアの解説

石炭産業【せきたんさんぎょう】

産業革命以後の近代産業の動力・熱源をになうものとして,18世紀後半から発展,特に英国を中心とする西欧諸国や米国では,比較的豊富な石炭資源とあいまって,第1次大戦前にすでに高い生産水準に達していた。石油と電力によるエネルギー供給が進み,さらに第2次大戦後のエネルギー革命によって打撃を受け,1960―1970年代には世界的に生産量が減少したが,石油危機以降,石油代替エネルギーの一つとして石炭の見直しが進んでいる。明治以後,洋式採炭法を導入して発展を続けてきた日本でも,この間の事情は同様である。日本の石炭産業は財閥系を中心とする大手企業のほか,筑豊炭田などに多数の零細企業が併存していたが,大正末から昭和初年の不況期に鉱区の大手集中が進み,特に財閥系企業が出炭の半ばを占めた。1960年代の合理化,閉山の過程でも中小炭鉱の抵抗力は弱く,1953年945に達した炭鉱数は1970年に約100に減少した。出炭量は1940年の5613万tが最高で,戦後は1961年の5541万tをピークに漸減し,1970年には3969万tと大台を割り,1997年度には397万tまで減少した。なお日本では,需要の多い原料炭の産出が行われなくなって輸入に依存し,1955年に93%に上った自給率も,1997年には2.9%となった。国連統計による世界の石炭生産は1995年には37.9億tで,主要生産国は中国13.6億t,米国8.6億t,インド2.7億t,ロシア2.4億t,南アフリカ2.0億t,オーストラリア1.9億tなど。
→関連項目石狩炭田エネルギー産業釧路炭田鉱業常磐炭田山口炭田

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

石炭産業
せきたんさんぎょう

地球上に存在する化石燃料の4分の3を占める石炭を採掘し、燃料や工業用原料として需要家に供給する一次産業。燃料用一般炭は、火力発電、セメント、紙・パルプなどエネルギー多消費型産業に供給され、石油と直接競合するのに対し、鉄鋼、石炭化学および都市ガスに使用される原料炭(瀝青(れきせい)炭と亜瀝青炭の一部)は競合する度合いが少なく、世界的に増産が続いている。[殿村晋一]

歴史的展開

石炭産業は、人類を熱・動力エネルギーの生物的資源への依存から解放し、農業社会から工業社会への転換を推進した。その本格的な展開は、16世紀後半、森林資源の枯渇・欠乏によるエネルギー危機が西欧のなかでもっとも早く深刻化したイギリスにおいて、家庭用・工業用燃料が木材から石炭に切り換えられたときから始まった。石炭の工業用燃料としての利用は、イギリスの製塩業、ガラス工業、造船業、針金製造業、硝石・火薬工業、醸造業、精糖業、せっけん製造業、ミョウバン工業、染色業、煉瓦(れんが)製造業などを発展させ(初期産業革命)、家庭用燃料の需要を加えて、石炭生産は急激に増加した。蒸気機関を動力とする機械制工場生産による綿工業が主導した産業革命は、鉄工業、石炭業、機械工業(旋盤や工作機械)の発展を促し、とくに鉄工業ではA・ダービーによるコークス製鉄法(1709ころ)とH・コートのパドル法(1783)によって銑鉄と鍛鉄が製造され(石炭の工業用原料化の展開)、その総決算としての鉄道・艦船の出現は石炭生産量を飛躍的に増加させ、石炭産業を工業国の基幹産業に押し上げた。
 19世紀中葉、ドイツのルールに確立された石炭産業は、揚水立坑(1841)による深部開発の途と副産物回収式コークス炉(1881)によって、「鉄と石炭の時代」に化学工業(無機化学)を付け加え、これらが生産過程で有機的に結合する重化学工業の巨大コンツェルンを登場させた。20世紀に入るとドイツはイギリスの産炭量を凌駕(りょうが)し、ついで、アパラチア、イリノイの大炭田を有するアメリカ合衆国とドネツ、クズネツク、カラガンダを有するソ連が産炭量を伸ばし、石炭火力による電力生産を伴う重化学工業地帯(コンビナート)を発展させた。1940年代に入ると、競合資源として有機合成化学を伴う石油が登場し、先進工業国を中心に、石炭産業の「斜陽化」が発生してきた。[殿村晋一]

世界の石炭産業

1994年の世界の石炭の可採埋蔵量は5194億トン(可採年数145.1年)で、石油の確認埋蔵量1620億キロリットル(可採年数44.0年=1996年)に比べ可採年数が長いこと、今後高品位炭(無煙炭・瀝青炭)だけで5兆トンもの追加可能な資源量が予想されていることから、硫黄(いおう)、窒素酸化物、二酸化炭素がらみの環境対策技術(クリーンコールテクノロジー)と石炭液化技術等の開発による多様な可能性が見込まれている。1994年時の世界の石炭生産量35億8000万トンのシェアは、中国(34.6%)、アメリカ(24.0%)、インド(7.1%)、南アフリカ共和国(5.1%)、ロシア(4.9%)、オーストラリア(4.9%)、ポーランド(3.7%)、カザフスタン(2.9%)、ウクライナ(2.6%)、北朝鮮(2.0%)の順であり、中国、インド、南アフリカ、オーストラリアが1980年代から1990年代にかけて生産量を急激に伸ばしている。これに対し、日本のシェアは0.2%にすぎず、イギリス、ドイツ、フランスを加えても世界の総生産の3%程度にすぎないのが実情で、これらの国々の生産量は年々減少している。炭層の深部化・奥部化に加えて、とくに人件費の高騰が、石油との競争力を失わせ、減産ないし閉山を強いられている原因となっている。アメリカ合衆国では、露天掘りの安価な石炭、とくに原料炭が大量に存在し、石油との競合面も小さく、石炭生産は漸増している。可採埋蔵量も世界最大である。中国、インドは経済開発の進展を背景に生産量を急激に拡大させており、オーストラリアでは日本への輸出を軸に鉄鋼用原料炭の生産が伸びており、日本資本の進出による開発輸入も盛んである。旧ソ連圏の石炭生産は横ばいである。石炭産業の「斜陽化」は西欧や日本など先進資本主義諸国の一部の特異な現象にすぎない。[殿村晋一]

日本の石炭産業


第二次世界大戦前~戦中
18世紀末(寛政(かんせい)年間)、瀬戸内10州の塩田の製塩用燃料の需要増により、藩専売ないし藩直営の重要産業として出発した日本の石炭産業は、明治維新とともに高島、三池(みいけ)の両炭鉱が官営となり、また「日本坑法」(1873)により鉱物資源はすべて官有に移され、鉱山業者は国から鉱区を借りて経営することとなった。官営鉱山は、排水機関や巻上げ機を外国人技術者の指導により導入し、その後三井・三菱(みつびし)など政商に払い下げられた。1890年代末にかけて、極東市場(上海(シャンハイ)、香港(ホンコン)、シンガポール)への船舶用燃料炭の輸出の急増(生産量の約4割)により民間資本の参入も進み、石炭産業の確立をみた。日露戦争直前の1903年(明治36)に1000万トン、1913年(大正2)には2000万トン、第一次世界大戦期の1919年には3000万トンを超え、三井・三菱など財閥系資本の優位が確立した。幕末期の採炭、仕繰り、排水、運搬を分業するマニュファクチュアから、仕繰り、排水など一部工程の機械化が行われたが、採炭・坑内運搬過程はなお手労働のままで、先山・後山制(さきやまあとやませい)を軸に納屋制度(なやせいど)、飯場(はんば)制度などが労務管理体制として一般に採用された。1920年代、採炭用機械が導入され、長壁式採炭法が大手鉱山に採用されると、20万人に及ぶ人員整理(1932年には14万人に減少)が行われ、1933年(昭和8)には坑内運搬の女子労働も廃止された。準戦時体制から第二次世界大戦にかけて、石炭配給統制法(1940)が敷かれ、戦時統制下での増産運動には朝鮮人・中国人の強制連行のほか、勤労報国隊も組織されたが、1943年の5500万トンをピークに生産は激減し、終戦を迎えた。[殿村晋一]
第二次世界大戦後
戦後、石炭産業は傾斜生産方式による育成策により経済復興の牽引(けんいん)力としての役割を果たし、朝鮮戦争(1950年開始)による石炭ブームに沸いた。しかし、1952年(昭和27)に始まる安価な石油エネルギーへの転換(エネルギー革命)の急進により、深刻な危機にみまわれた。石炭危機は、1958年以後大手炭鉱にも及び、1959~1960年の三池争議(みいけそうぎ)に代表される長期争議の一因となったが、大量の人員整理と炭労(日本炭鉱労働組合)の石炭産業保護政策を要求する政策転換論争への方針転換をもって終息した。その後、政府は国内石炭産業の段階的合理化政策に移行し、石炭鉱業調査団の答申に基づき、1963年度から1991年度(平成3)にかけて8次にわたる石炭政策を実施した。第一次石炭対策(1963~1964年度)では、石炭が石油に対抗できないことを前提としながらも、石炭産業の自立化の必要を認め、スクラップ・アンド・ビルド政策による合理化を推進した。その他、第三次石炭対策(1967~1968年度)における石炭対策特別会計法による累積赤字の肩代りや、第四次石炭対策(1969~1972年度)での特別閉山交付金交付等による合理化を進めた結果、国内出炭量(精炭)は、1961年(昭和36)の5448万トンのピークから、1972年の2810万トンまで約半減した。1973年の石油危機以降、国内資源としての石炭の再評価が進んだ結果、1970年代後半から1980年代初頭にかけて出炭量が1700万トン台で安定した。しかし、円高の進行が安価な海外炭輸入の増加を招き、1970年度には海外炭の輸入量が国内炭生産量を超えて逆転し、石炭の輸入依存度は1970年の57.1%から1984年には84.0%に達した。その後のバブル経済崩壊による景気の低迷によって、国内出炭量は1990年(平成2)に1000万トンを割り込み、2003年(平成15)時点では135万トンにまで減少している。一方で、海外炭輸入は増加の一途をたどっており、2007年時点の輸入相手国はオーストラリア、インドネシア、中国、ロシアの順である。
 こうしたなか、1997年には国内最大炭鉱であった三池炭鉱(福岡県大牟田(おおむた)市・熊本県荒尾(あらお)市)が閉山、2001年には松島炭鉱(株)池島炭鉱(長崎市)、2002年には太平洋炭礦(釧路市)が閉山し、これにより国内大手炭鉱はほとんどが閉山となった。2010年時点では、釧路コールマインが唯一の国内坑内掘り炭鉱として操業するほか、北海道内に数箇所の露天掘り鉱山が操業している。
 石炭業界と資源エネルギー庁は、(1)海外炭の開発輸入、(2)石炭液化、(3)石炭火力、(4)新技術の開発などでこの苦境に対処し、エネルギー資源の確保につとめてきた。海外炭の開発輸入は、1980年代に本格化し、中国、オーストラリア、インドネシアへの技術協力ならびに合弁企業の設立が進められた。また、1986年(昭和61)には、新エネルギー総合開発機構(NEDO)とインドネシア政府との間に、スマトラ島を主とする炭田開発のための調査協定が「太平洋コールフロー構想」の一環をなす事業として締結された。1990年代には、石炭各社の海外進出がアメリカ、オーストラリア、カナダの現地企業への資本参加の形で進展した。アジアにおいては、マレーシア、インドネシア等における共同探査・企業化調査から、技術研修生の受け入れ(中国、インドネシア、ベトナム)、保安技術等の移転(ベトナム、トルコ)が強化され、日本の石炭技術を21世紀のアジア・太平洋地域のエネルギー需要の増大に活用することが目ざされている。また、今後の石炭利用技術については、液化天然ガス、火力発電、製鋼等の分野における新技術の開発推進と実用化を目的として、財団法人石炭技術研究所と財団法人石炭開発技術協力センターを整理統合した財団法人石炭エネルギーセンターが1997年(平成9)7月に発足している。[殿村晋一・永江雅和]
『隅谷三喜男著『日本石炭産業分析』(1968・岩波書店) ▽水沢周著『石炭――昨日・今日・明日』(1980・築地書館) ▽坪内安衛著『石炭産業の史的展開』(1999・文献出版)』

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