大祐神社(読み)だいすけじんじや

日本歴史地名大系 「大祐神社」の解説

大祐神社
だいすけじんじや

[現在地名]八戸市湊町 下条

新井田にいだ川の河口右岸、館鼻たてはな高台の南斜面に位置する。祭神は豊宇気比売命で、旧村社。明治初年まで大祐明神・大祐堂と称したが、廃仏毀釈により現社名に改めた。

寛文五年(一六六五)の無量院の御立願状(常泉院文書)に「一湊ノ猟ノ神 鮒之絵納ル事」とあるのが当社とみられる。八戸藩日記の寛延元年(一七四八)四月一五日条に「大助明神」とあり、初漁の祈祷が行われている。宝暦五年(一七五五)の堂林寺門間数改書上帳(常泉院文書)には「大祐堂」とあり、同三年の建立で、施主は加賀式部とされる。別当福寿院。所伝によれば工藤祐経の子犬房丸を祀り、弁財天本尊としたともいう(「八戸祠佐嘉志写」八戸市立図書館蔵)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む