コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

大神高市麻呂 おおみわの たけちまろ

3件 の用語解説(大神高市麻呂の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大神高市麻呂 おおみわの-たけちまろ

657-706 飛鳥(あすか)時代の公卿(くぎょう)。
斉明(さいめい)天皇3年生まれ。大神利金の子。壬申(じんしん)の乱で戦功をたてる。持統天皇6年中納言のとき,農事の妨げになるとして伊勢(いせ)行幸の中止を進言した。のち長門守(ながとのかみ),左京大夫。「懐風藻(かいふうそう)」「万葉集」に詩歌がある。慶雲(きょううん)3年2月6日死去。50歳。従三位を追贈された。姓は大三輪ともかく。
【格言など】農作の節(とき),車駕(みくるま)いまだ動くべからず(「日本書紀」)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

大神高市麻呂

没年:慶雲3.2.6(706.3.24)
生年:斉明3(657)
7世紀から8世紀初の官僚。壬申の乱(672)では大海人皇子(のちの天武天皇)方で活躍。利金の子。安麻呂,狛麻呂の兄。姓は君,天武13(684)年の改姓で朝臣。三輪高市麻呂,大三輪高市麻呂とも書く。大海人側の大伴吹負軍に加わり,近江軍が大和に侵入した際,上ツ道を防衛し,箸墓(桜井市箸中)の付近で敵軍を壊滅させた。天武天皇の殯宮では理官(のちの治部省)の事を誄した。時に直大肆(従五位上)。持統6(692)年直大弐(従四位上)中納言の職にあって,天皇の伊勢行幸計画に対して,農事を妨げるとして直言し諫めたが容れられなかった。大宝2(702)年長門守に任じられたが,そのとき一族のものが三輪河の辺に集い,送別の宴を設けている(『万葉集』巻9)。その後筑紫国に赴任したこともあったらしいが,翌年左京大夫となっている。死去の際,壬申の乱の功により従三位を贈られた。『歌経標式』に歌があり,『懐風藻』にも漢詩を残すなど,当代随一の文人でもあった。<参考文献>直木孝次郎『壬申の乱』『持統天皇

(狩野久)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版の解説

おおみわのたけちまろ【大神高市麻呂】

657?‐706(斉明3?‐慶雲3)
7世紀後半の官人。大三輪,三輪にも作る。利金の子。壬申の乱に大海人皇子方で活躍。686年(朱鳥1)9月天武天皇の殯宮に理官(おさむるつかさ)の事を奏す。時に直大肆。692年(持統6)2月および3月,中納言直大弐のとき,持統天皇の伊勢行幸を農事の妨げになるとして諫めた。702年(大宝2)正月従四位上で長門守,翌年6月左京大夫に転じ,706年2月その地位で没したが,壬申の年の功により従三位を贈られた。また筑紫国に赴任したこともある。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト
All Rights Reserved. Copyright (C) 2015, Hitachi Solutions Create,Ltd. 収録データは1998年10月に編集製作されたものです。それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。また、本文中の図・表・イラストはご提供しておりません。

大神高市麻呂の関連キーワード壬申の乱タラハシー安斗智徳阿倍御主人大伴馬来田坂合部唐高田新家田中足麻呂調淡海

今日のキーワード

トランスアジア航空

台湾・台北市に本拠を置く航空会社。中国語名は復興航空。1951年、台湾初の民間航空会社として設立。83年に台湾の国産実業グループに経営移管され、組織改編を実施した。92年に国際チャーター便の運航を始め...

続きを読む

コトバンク for iPhone