大福光寺(読み)だいふくこうじ

日本歴史地名大系 「大福光寺」の解説

大福光寺
だいふくこうじ

[現在地名]丹波町字下山 岩ノ上

蕨野わらびのの北部山麓にある。山号雲晴山、真言宗御室派、本尊毘沙門天

延暦年中(七八二―八〇六)鞍馬くらま(現京都市左京区)の僧釈峰延が開いたと伝える。初め現地北東にあるそら(深山ともいう)中腹にあったといわれ、その時の礎石が三十数個残る。現地に移ったのは嘉暦二年(一三二七)のことで(毘沙門堂棟木に墨書あり)、以後有力者の尊崇を得たという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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