日本歴史地名大系 「大織冠神社」の解説
大織冠神社
たいしよつかんじんじや
南郡山町の北西隅に鎮座。祭神藤原鎌足。「多聞院日記」天正一六年(一五八八)四月三日条に「多武峰大織冠郡山ヘ今日宮移在之、神も和光同塵ノ故天気快然被入了、希代々々」とあり、豊臣秀長が郡山城の鎮守神として、城の西側に隣接する丘陵上に祭祀し、
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
南郡山町の北西隅に鎮座。祭神藤原鎌足。「多聞院日記」天正一六年(一五八八)四月三日条に「多武峰大織冠郡山ヘ今日宮移在之、神も和光同塵ノ故天気快然被入了、希代々々」とあり、豊臣秀長が郡山城の鎮守神として、城の西側に隣接する丘陵上に祭祀し、
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