大間広遺跡(読み)おおまびろいせき

日本歴史地名大系 「大間広遺跡」の解説

大間広遺跡
おおまびろいせき

[現在地名]勢和村古江

にごり川左岸、色太本郷しきふとほんごう北西、通称大間広にある。北方丘陵から南の濁川に向けて舌状に延びる台地上方に位置する。標高は八四―九〇メートル。同河流までは約三三〇メートル。現在は畑地遺物は台地頂部を中心に、西斜面にも広がり、南北約一〇〇メートル、東西約八〇メートルである。主な採集遺物には縄文式土器・石器がある。縄文式土器は早期の神宮寺式・大川式類似の押型文、前期は北白川下層I・II式、中・後期土器があり、北白川下層II式が比較的多い。石器には有舌尖頭器、神子柴型の打製石斧石鏃掻器石匙石錐などがみられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

4月1日の午前中に、罪のないうそをついて人をかついでも許されるという風習。また、4月1日のこと。あるいは、かつがれた人のこと。四月ばか。万愚節。《季 春》[補説]西洋もしくはインドに始まる風習で、日本...

エープリルフールの用語解説を読む