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天桂伝尊 てんけい でんそん

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

天桂伝尊 てんけい-でんそん

1648-1736* 江戸時代前期-中期の僧。
慶安元年5月5日生まれ。曹洞(そうとう)宗。駿河(するが)(静岡県)静居(じょうご)寺の五峰海音の法をつぐ。同寺や阿波(あわ)(徳島県)丈六寺などの住持をつとめた。「正法眼蔵弁解」「註法宝壇経海水一滴」などおおくの著作がある。卍山(まんざん)道白の宗統復古運動に反対。その考えは近年まで異端視された。享保(きょうほう)20年12月10日死去。88歳。紀伊(きい)和歌山出身。俗姓は大原。別号に瞳眠楼,滅宗など。

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朝日日本歴史人物事典の解説

天桂伝尊

没年:享保20.12.10(1736.1.22)
生年:慶安1(1648)
江戸中期の曹洞宗の僧。紀州(和歌山県)の人。8歳で同地窓誉寺の伝弓について得度。18歳で諸国行脚。臨済,曹洞の禅者に参じたのち,駿州(静岡県)島田静居寺の五峯海音の法を嗣ぐ。静居寺,近江(滋賀県)の大雲寺,阿波(徳島県)の 丈六寺などに歴住。晩年は摂津(大阪府)の陽松庵に退いた。生涯を通じて経典・祖録(祖師の選述したもの)の研究と講義に専心した。晩年に『正法眼蔵弁註』を著し,宗統復古運動(一師印証)の功労者であった卍山道白の嗣法論を攻撃したが,近年まで天桂の説は異端視されてきた。<著作>『驢耳弾琴』『海水一滴』『碧巌集舐犢鈔』

(志部憲一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

天桂伝尊
てんけいでんそん
(1648―1735)

江戸中期の曹洞(そうとう)宗の僧。紀伊(和歌山県)に生まれ8歳で得度(とくど)した。姓は大原氏。1677年(延宝5)駿河(するが)(静岡県)静居(じょうこ)寺の五峰海音(ごほうかいおん)に嗣法(しほう)し徳化をあげたが、のち、近江(おうみ)(滋賀県)の大雲寺、浪花(なにわ)(大阪府)の蔵鷺庵(ぞうろあん)、阿波(あわ)(徳島県)の丈六寺などに住し、摂津(大阪府)の陽松庵(ようしょうあん)に寂した。気性すこぶる激しく、道元の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』を批判的に研究し、面授嗣法の問題について、卍山道白(まんざんどうはく)の所説を論駁(ろんばく)した。『正法眼蔵弁註(べんちゅう)』20巻、『驢耳弾琴(ろじだんぎん)』7巻、『碧巌集舐犢鈔(へきがんしゅうしとくしょう)』5巻、『海水一滴』5巻、『報恩篇(へん)』3巻などの著述がある。[鈴木格禪]

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