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卍山道白 まんざん どうはく

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美術人名辞典の解説

卍山道白

江戸中期の曹洞宗の僧。備後生。号は復古老人、俗姓は藤井氏。備後竜興寺の一線道播について得度、のち月舟宗胡に参禅し、その法を嗣ぐ。宗胡のあとを継いで加賀大乗寺に入住し、摂津の興禅寺、山城の禅定寺・源光庵に歴住した。宗統の乱れを正すため一師印証の宗門改革を寺社奉行に訴え、永平寺総持寺法度が制定された。曹洞宗中興の祖と称される。正徳5年(1715)寂、80才。

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デジタル大辞泉の解説

まんざん‐どうはく〔‐ダウハク〕【卍山道白】

[1636~1715]江戸前期の曹洞宗の僧。備後(びんご)の人。加賀大乗寺の月舟宗胡に師事。当時乱れていた法系嗣承を改めるために尽力。著「宗統復古志」など。復古道人。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

卍山道白 まんざん-どうはく

1636-1715 江戸時代前期-中期の僧。
寛永13年1月13日生まれ。備後(びんご)(広島県)の曹洞宗(そうとうしゅう)竜興寺の一線道播(どうばん)について得度。加賀(石川県)大乗寺の月舟宗胡(げっしゅう-そうこ)の法をつぎ,大乗寺,摂津興禅寺(大阪府)などの住持をつとめる。梅峰竺信(じくしん)らとともに宗統復古運動につくした。正徳(しょうとく)5年8月19日死去。80歳。俗姓は藤井。別号に復古道人。著作に「卍山和尚広録」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

卍山道白
まんざんどうはく
(1636―1715)

江戸中期の曹洞(そうとう)宗の僧。備後(びんご)(広島県)に生まれ、10歳で得度した。43歳のとき、加賀(石川県)大乗寺の月舟宗胡(げっしゅうそうこ)に謁して、その法を継ぎ、1679年(延宝7)大乗寺に住した。彼は28歳で宗弊改革の誓願を抱いたが、37年を経て梅峰竺信(ばいほうじくしん)らとともに幕府に訴え、1703年(元禄16)宗統復古の大業を成就(じょうじゅ)、自ら復古道人と称した。80歳で京都の源光庵(あん)に寂した。曹洞宗中興の祖と仰がれる。『参同契(さんどうかい)・宝鏡三昧書紳稿(ほうきょうざんまいしょしんこう)』『禅戒訣(ぜんかいけつ)』『禅余套稿(ぜんよとうこう)』『対客閑話(たいかくかんわ)』『東海一滴集(とうかいいってきしゅう)』『洞門衣(とうもんえにょしゅう)』などの著がある。[鈴木格禪]

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