日本大百科全書(ニッポニカ) 「契約理論」の意味・わかりやすい解説
契約理論
けいやくりろん
contract theory
利害の異なる経済主体(個人、企業、政府など)の取引(契約)を円滑・効率よくするため、経済主体の行動を望ましい方向へ誘導するインセンティブ(誘因)の設計を分析する経済理論。契約理論は文書による契約だけでなく、企業間取引、雇用、金融、保険、企業統治(コーポレートガバナンス)、買収合併(M&A)、公的規制や民営化、法律と制度など幅広い分野を対象とするミクロ経済学の一分野である。市場理論(価格理論)、ゲーム理論と並んで現代の経済社会を分析する主要ツールとして幅広く活用されており、シカゴ大学教授であったロナルド・コース以来、トゥールーズ第一大学のジャン・ティロール、ハーバード大学教授のオリバー・ハート、マサチューセッツ工科大学教授のベント・ホルムストロームら数多くの契約理論研究者がノーベル経済学賞を受賞している。
契約理論は、経済主体の情報量に差があること(情報の非対称性)に起因する問題を扱う「完備契約理論complete contract theory」と、将来起こりうる事象をすべて予見することはできないとの前提にたつ「不完備契約理論incomplete contract theory」に分けられる。完備契約状態では、情報の非対称性のため、情報を豊富にもつ経済主体が情報の少ない経済主体につけこんだり、労働を怠けたり、虚偽の契約を結んだりすることが生じる。完備契約理論では、こうしたモラル・ハザードや悪質な財・サービスがはびこる逆選択(アドバース・セレクション)を防ぐため、経済主体にインセンティブを与える契約をいかに設計するかを扱う。一方、不完備契約状態では、後で生じた事態にあわせて経済主体が行動を変える機会主義の問題が発生する。不完備契約理論では、予期せぬ事態への対策を決める決定権や、決定権と密接な関係にある資産所有権などを軸に分析する。なお契約理論はインセンティブ理論、企業理論、理論的産業組織論(theoretical industrial organization)などとよばれることもある。
[矢野 武 2017年3月21日]