フランスの経済学者。フランス北部のトロア生まれ。フランスの高等教育機関(エコール・ポリテクニク)を卒業後、1981年にマサチューセッツ工科大学(MIT)で経済博士号を取得した。MIT教授やフランスのトゥールーズ第一大学教授などを経て、フランス首相官邸の経済分析官となる。専門分野は産業組織論、規制、行動経済学・心理学、ゲーム理論、国際金融、企業ファイナンスなど幅広い。独占企業が多い通信、電力、鉄道などの産業分野で、消費者の利益を守るための新たな規制のあり方を示す理論モデルを構築した功績で、2014年のノーベル経済学賞を単独受賞した。ノーベル経済学賞を贈ったスウェーデン王立科学アカデミーは「現代でもっとも影響力のある経済学者のひとり」「経済学がいかに実用的で重要な意義をもつかを示した」と高く評価している。
従来、少数の大企業によって市場が支配されている通信や電力などの産業分野では、価格が高くなったり、新規参入が妨げられたりする弊害があった。伝統的な経済学はこれを防ぐため、合併による寡占化やカルテルを規制し、価格に上限を設けることが有効であるとしてきた。しかしティロールは、画一的な規制や上限価格の設定は独占企業に過度な利益をもたらす場合があることを解明。ゲーム理論や行動心理学に基づいて、さまざまな規制にいかに対応すべきかを分析し、市場原理が働きにくい産業では、それぞれの業種に応じた規制や競争政策が必要であることを理論的に示した。また政府がもつ情報はかならずしも十分でないため、行き過ぎた規制は経済をゆがめるとも主張した。ティロールの一連の研究成果は、欧米各国が通信、電力、鉄道などの公営企業を民営化する際、規制政策や制度設計に取り入れられた。またIMF(国際通貨基金)などの国際金融機関や世界各国の規制当局に多大な影響を与えた。さらにティロールは従来あまり分析されてこなかったM&A(買収・合併)などの企業の意思決定という分野で、ゲーム理論や情報経済学などを応用した新しい分析モデルを構築。1988年に著した『産業組織論』The Theory of Industrial OrganizationはM&A分野の古典とされ、上梓(じょうし)から30年近くたった現在も大学の教科書として使われている。
[矢野 武 2015年3月19日]
出典 ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典について 情報
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