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奴児干都司 ぬるがんとしNurgan du-si; Nurgan tu-ssǔ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

奴児干都司
ぬるがんとし
Nurgan du-si; Nurgan tu-ssǔ

中国,明代に満州経営の前進拠点となった地方軍事機関。満州は古くから女真の住地であったが,永楽帝は積極的にその招撫に乗り出し,多くの衛所を設けて彼らを支配下に入れ,永楽9 (1411) 年これらの衛所を統制するために太監イシハ (亦失哈) をつかわし,黒竜江下流奴児干の地に都司を設置し,また永寧寺 (→永寧寺碑 ) を建てて原住民の教化に努めた。しかし正統年間 (1436~49) 以後は国力の衰退とともに廃止された。

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世界大百科事典 第2版の解説

ヌルガンとし【奴児干都司 Nurgan dū sī】

1409年(永楽7),黒竜江(アムール川)下流の特林に置かれた明の軍政機関。正式には奴児干都指揮使司という。明代の初め,明の影響力がしだいに中国東北部から沿海地方に浸透していったが,永楽帝の時代,ここに居住する女直族を招諭し,女直の部族長に官職を与えるとともに,〈衛〉と呼ばれる組織に編成した。これらの衛所を統轄するための上級機関として設けられたのが奴児干都司である。明から派遣された兵士が常時500人から2000人駐在し,その影響力はサハリンアイヌにまでも及んだ。

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