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沿海地方 エンカイチホウ

日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

沿海地方
えんかいちほう
Приморский Край Primorskiy Kray

ロシア連邦に属する地方(地方行政区画、「地方」は「辺区」とも訳される)。プリモーリエ地方ともいう。日本では現在も旧称である「沿海州」(Приморская Область/Primorskaya Oblast')の名でよぶことが多い。帝政末期の沿海州はアムール川下流域以北も含む広大な領域を占めたが、その後縮小した。1938年10月に沿海地方が新設され、沿海州はその一部になったが、翌年6月に沿海州は廃止された。現在の沿海地方は、帝政末期の沿海州の南半分にあたる。ロシア連邦極東に位置し、東と南は日本海に面し、西と南西は中国と北朝鮮に隣接する。面積16万5900平方キロメートル、人口221万6000(1998)。行政中心地はウラジオストク。
 沿海地方東部はシホテ・アリニ山脈、南西部はハンカ湖岸平野が占める。気候はモンスーン気候。平均気温は、1月零下27℃~零下12℃、7月14℃~21℃。年降水量は600~900ミリメートル。領域の約70%は森林に覆われている。
 おもな産業は、鉱工業では、非鉄金属、石炭の採掘、林業、木材加工、機械、金属加工、化学、建築資材生産、軽工業、食品加工など。漁業も盛んである。農業では、穀物(小麦、イネ、大麦、エンバク)、飼料作物、大豆の栽培のほか、乳・肉用家畜、毛皮獣、トナカイの飼育が行われる。重要な港としてウラジオストク、ナホトカがある。ウラジオストクには日本総領事館が置かれている。[上野俊彦]

歴史

この地域ではすでに紀元前3000~前2000年紀にはチュクチ、コリヤーク、ナナエツなど北方系諸民族の祖先が原始農業を営んでいたと考えられる。7~10世紀には、沿海州南部のウスリー地方から、満州、朝鮮にかけて渤海(ぼっかい)国が栄えたが、13世紀のモンゴルの襲来で滅びた。その末裔(まつえい)がツングース系少数民族のウデヘであるとされる。1860年、北京条約によってロシアが清(しん)国よりウスリー川以東の土地を手に入れると、ヨーロッパ・ロシアからのこの地域への農業移民が急速に進んだ。また中国人、朝鮮人の移住も増加した。71年にはウラジオストクが軍港と定められ、この地方の中心となった。ロシア革命(1917)後、沿海州は日本軍などの軍事干渉の舞台となったが、緩衝国である「極東共和国」を経て、1922年よりロシア連邦共和国に帰属した。32年、ウラジオストクを基地としてソ連太平洋艦隊が創設され、同時に科学アカデミー極東支所も置かれた。太平洋艦隊の基地となったため、ウラジオストクは長期間外国人に扉を閉ざしてきたが、1992年1月、ようやく開放された。その後、市の北方にあるアルチョム空港が国際空港となり、地域の国際化が進んでいる。[藤本和貴夫]

出典|小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について | 情報 凡例

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