日本大百科全書(ニッポニカ) 「子どもホスピス」の意味・わかりやすい解説
子どもホスピス
こどもほすぴす
小児がんやその他の難病で積極的な治療ができない終末期の子どもたちが残された時間を穏やかに過ごすためだけでなく、病児の家族が第三者である専門家などに悩みを相談したり、休息したりして、よりよい環境で子どもたちを見送るための施設。
1982年イギリスのオックスフォードにつくられた「ヘレン・ハウスHelen House」が世界初の子どもホスピスといわれる。脳腫瘍(しゅよう)の手術を受けたものの脳にダメージを受け、回復は見込めないと診断された2歳の女の子ヘレンにちなんで名づけられた。両親はヘレンを病院から自宅に引き取り、家庭で懸命に世話をしていたが、ときおり、両親自身が疲れて休息をとることが必要になると、親しいイングランド教会の修道女で看護師資格をもつシスター・フランシス・ドミニカFrances Dominica(1942― )が両親を休ませるために、ヘレンを預かっていた。そのことがきっかけで、シスター・ドミニカは終末期の子どものケアとその子どもを抱える保護者や兄弟姉妹など家族のレスパイトケアrespite care(レスパイトは、小休止、息抜きの意)の重要性に気づき、0~18歳までの子どものための「ヘレン・ハウス」を設立した。2004年には16~35歳の青年のために彼らのニーズにあわせた「ダグラス・ハウスDouglas House」が併設され、現在では「ヘレン&ダグラス・ハウス」として0~35歳の終末期の子どもや若者とその家族が、教育を受けたり、芸術や音楽などの文化と関わったりしながら豊かな環境のなかで過ごせる施設となっている。ハウス内のサポートグループを通して、子どもが亡くなった後の家族の悲しみに寄りそうグリーフケアも行われている。「ヘレン&ダグラス・ハウス」の理念はイギリス全土と世界各地で49もの施設に広がっている。
シスター・ドミニカは2009年(平成21)10月に大阪で行った講演で「ヘレン&ダグラス・ハウス」の活動を紹介し、子どもホスピスの重要性について語った。このことが契機となり、日本では2012年11月、大阪市東淀川(ひがしよどがわ)区にある淀川キリスト教病院内にアジア地域初となる「こどもホスピス病棟」が開設された。2016年4月には大阪市の鶴見緑地(つるみりょくち)内に日本財団やカジュアル衣料のユニクロの出資による地域コミュニティ型の「TSURUMI こどもホスピス」が、また東京には国立成育医療研究センターの医療型短期滞在施設として、在宅で医療的ケアを受けている子どもと家族が最長9泊10日滞在することができる「もみじの家」が開設された。
小児医療の進歩によって多くの子どもの命が救われるようになった一方で、在宅で医療的ケアを受けている子どもは全国で1万7000人以上いるといわれている。とくに終末期の子どもやその家族の問題は置き去りになっており、子どもホスピスの重要性はさらに高まると考えられる。日本各地で開設を目ざす機運がみられるが、現在の医療制度のなかからその費用を支出することができないうえ、イギリスのようにチャリティー(慈善事業)の概念が浸透していない日本では市民の寄付によって運営費を集めることがむずかしいことから、開設に至らない計画が各地に複数あるのが現状である。
[猪熊弘子 2019年3月20日]