改訂新版 世界大百科事典 「安源炭鉱」の意味・わかりやすい解説
安源炭鉱 (あんげんたんこう)
Ān yuán tàn kuàng
中国,江西省萍郷(ひようきよう)市安源鎮にある。萍郷炭鉱が正式の呼称である。漢陽製鉄所に原料炭を供給するため,1898年(光緒24)に盛宣懐により開発(設計能力,年産45万t)されて,1908年には漢冶萍煤鉄公司に統合された。借款,導入技術の関係で最初はドイツが,ついでは日本が鉱務の実権をにぎっていた。日中戦争中に日本軍の爆撃で破壊され,操業はほとんど停止したが,革命後,54年に生産が回復し,新鉱区も開発されて発展しているという。安源炭鉱は革命史上も有名である。1906年,中国同盟会の指導した萍瀏醴(ひようりゆうれい)起義の主力はここの労働者であったし,22-25年には中国共産党の指導する労働運動が高揚し,安源は小モスクワと称された。27年秋,毛沢東の指導した秋収暴動やその後の工農紅軍にも多くの労働者が参加し,安源に保持された中共地下組織はソビエト区と白色区の党をつなぐ秘密の窓口として機能したという。紅色安源の称あるゆえんであった。
執筆者:小野 信爾
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報