一般に,資金の供給者が資金の需要者に一定の条件を付して資金を融通することを,貸付けまたは融資といい,借款もこれと同義語(英語ではいずれもloan)であるが,〈借款〉という用語は,国と国との間での資金貸付けの場合に用いられる。通常は政府対政府の間の貸借を意味するが,外国の準政府機関や民間の金融機関から,資金を必要とする政府や企業が資金を借り入れる場合にも,借款という言葉が使われる。日本が関係した具体的な事例としては,古くは第1次大戦後に日本政府が対中国政府向けに貸した西原借款があり,また1954年に日本の商社がアメリカのワシントン輸出入銀行(現,アメリカ輸出入銀行)からアメリカ綿花の輸入代金を借りた綿花借款,さらには高度成長期に東名高速道路や東海道新幹線建設のために日本道路公団や国鉄(現JR)が世界銀行から借りた世銀借款などがある。
借款にはいろいろな条件が課せられるが,とりわけ重要なのは返済方法に関するものと,資金の使途に関するものである。まず返済条件では,(1)元本に対する金利(利息),(2)返済開始までの据置期間grace period,(3)返済開始後の元本の返済(償還)期間,などがあらかじめ当事者間で合意される。先進国が発展途上国に援助資金を供与する場合には,とくにこの借款条件が問題になる。借款条件が厳しい(ハード)か,ゆるやか(ソフト)であるかを示す指標として,〈グラント・エレメントgrant element〉(贈与等価割合,または援助条件緩和指数)が使われる。これは,借款金額から元本と利子の返済額の流れを一定の割引率で割り引いた現在価値を差し引いたものである。贈与の場合は,グラント・エレメントは100%である。1980年ころから,借款条件が厳しすぎて,発展途上国の中には債務支払を履行できないケースが多くなり,債務返済を繰延べするなどの措置が講じられている。債務支払ができなくなることを,デフォルト(債務不履行)という。
借款条件のもう一つの取決めは,資金使途である。使途に制限が課せられる場合がタイド・ローンtied loan,借手が自由に使用できる場合がアンタイド・ローンuntied loanである。途上国向け借款には,資金供与国からの資材の購入に充当することが義務づけられる場合が多く,これを〈ひもつき援助〉といっている。これはいろいろ弊害があるため,途上国は〈ひもなし援助〉の増大を要求している。民間企業が外国の金融機関から自由に使用できる資金を借りる場合には,インパクト・ローンimpact loanといっている。
借款は,外貨(交換可能通貨)が供与されるのが一般的である。借款を受ける側が,借入資金を輸入決済にあてたり,その他資本取引に使用するなど,外貨不足に悩む国または企業だからである。しかし交換可能通貨以外の通貨によって借款が行われる場合がある。その典型的な例は円借款である。これは,日本の輸出業者が援助対象物資を途上国に対し輸出し,その代金を海外経済協力基金から円で受領し,それと同時に海外経済協力基金は被援助国政府に対する借款の債権を取るという仕組みになっている。円借款のメカニズムは,日本が外貨保有に乏しかった時代に,賠償の経験をもとに,外貨を必要としないように考案されたものである。
借款のチャンネルは,資金供給者から資金需要者に対して直接貸し付けるのが一般的であるが,例外的に資金供給者からいったん金融機関に貸し付けられ,その金融機関が最終需要者へ再貸付けすること(2段階貸付けtwo step loan)もある。資金の最終需要者の数が多かったり,また資金需要額が小口である場合には,2段階貸付けのほうが便利である。
→経済協力
執筆者:松井 謙
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
一般に国際間の長期資金の貸借をさす。旧来の国際通貨基金(IMF)方式国際収支表では1年を超える資金の貸借をいい、外国への貸付(対外資産)と外国からの借入(対外負債)とに分けられていた。また貸借の主体によって政府部門と民間部門とに分類されていた。1996年以降の新しいIMF方式国際収支表では、資本取引の長期、短期の区分がなくなり、投資収支のその他投資項目のなかの貸付・借入に含まれているが、国際間の長期資金の貸借というその意味に変わりはない。
日本の政府部門の借款でもっとも重要なのは円借款である。第二次世界大戦後の復興期には、日本は日本国有鉄道や日本道路公団が世界銀行から借款を受けてきたが、復興後は世界有数の供与国になっている。円借款は日本政府が外国政府に円資金を貸し付け、商業ベースにはなじまない開発途上国のインフラ整備の資金(プロジェクト借款)、外貨不足に悩む国の原材料や肥料輸入等の代金支払い資金(商品借款)にあてるための長期低利融資制度である。開発途上国を対象にする経済開発援助の代表的な形式となっており、2国間政府の交換公文による取り決めに基づいて、2008年(平成20)までは国際協力銀行(JBIC)、同年10月以降は国際協力機構(JICA)が実施している。
一般に、資金の使途に条件をつける借款をタイド・ローン、条件をつけないものをアンタイド・ローンというが、政府開発援助では援助の質の問題として、アンタイド化が期待されている。日本の場合には、当初は輸出を促進するために相手国に対し、日本からの輸入決済代金にあてることを条件としたタイド・ローンが多かったが、現在ではほとんどがアンタイドとなっている。
一方、民間部門の借款には、事業会社が海外子会社に対して供与する長期貸付(国際収支統計上は直接投資に分類される)もあるが、商業銀行の国際融資業務の一環としてなされるものが多い。代表的な大型借款として、シンジケート・ローン、プロジェクト・ファイナンスがある。シンジケート・ローンは、複数の銀行団による協調融資のことで、一般には開発途上国政府等の国際的に知名度の高い借入人に対して、中心となる幹事銀行が複数の銀行からなる協調融資団(シンジケート)を組成し、ユーロ・カレンシーを主とした長期で巨額の資金供与をするものである。プロジェクト・ファイナンスは、特定のプロジェクトの資産および契約上の諸権利を担保にして、そのプロジェクトから生み出される将来の収益で返済してもらうことを条件に、開発のための資金を貸し付けるものである。借入れ企業の信用力をよりどころとしてなされる一般のコーポレート・ファイナンスと違って、特定プロジェクトの信用力に基づいて資金供与されるところに大きな特徴がある。
日本の大手銀行も、1970年代からこうした大型の国際融資活動に参入し、1980年末には世界で大きな存在感を示した。しかし、バブル経済崩壊で1990年代に低迷した後、2000年代に入ると、メガバンクを中心にふたたび積極的な取り組みを開始している。
[土屋六郎・中條誠一]
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