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漢冶萍煤鉄公司 かんやひょうばいてつこうしHan-ye-ping mei-tie gong-si; Han-yeh-p`ing mei-t`ieh kung-ssǔ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

漢冶萍煤鉄公司
かんやひょうばいてつこうし
Han-ye-ping mei-tie gong-si; Han-yeh-p`ing mei-t`ieh kung-ssǔ

中国,光緒 34 (1908) 年漢陽鉄廠大冶鉄山萍郷炭鉱が合併して設立された製鉄会社。日本は対華二十一ヵ条 (→二十一ヵ条要求 ) でこの公司の日華共同経営を要求した。第2次世界大戦中は日本に鉄鉱石を供給。新中国成立後国営となり,武漢鉄鋼コンビナートが形成された。

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デジタル大辞泉の解説

かんやひょうばいてつ‐コンス〔カンヤヒヤウバイテツ‐〕【漢冶萍煤鉄公司】

中国にあった製鉄会社。清末の1907年に、漢陽製鉄所・大冶鉄山・萍郷炭鉱が合併して創立。日本へ大量の鉄鉱石を供給した。現在の華中鋼鉄公司大冶鋼廠にあたる。

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百科事典マイペディアの解説

漢冶萍煤鉄公司【かんやひょうばいてつコンス】

中国の漢陽鉄廠,大冶(だいや)鉄山,萍郷(ひょうきょう)炭鉱を統合経営した製鉄会社。起源はいずれも19世紀末。清末1908年に盛宣懐が民間企業として統合,その後日本が投資を強化して支配権を握り,八幡製鉄所への鉄鉱石の最大の供給源となった。
→関連項目盛宣懐大冶萍郷

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世界大百科事典 第2版の解説

かんやひょうばいてつコンス【漢冶萍煤鉄公司 Hàn yě píng méi tiě gōng sī】

中国の清朝末期に設立された最大の製鉄会社。湖北省の漢陽鉄廠,大冶(だいや)鉄山,江西省の萍郷(ひようきよう)炭鉱の3事業を統合するもの。1890年湖広総督張之洞は京漢鉄道への鋼材供給などの目的で,漢陽鉄廠を官営企業として発足させた。ついで,鉄鉱石,燃料・コークス炭の供給のため大冶鉄山(1896),萍郷炭鉱(1899)が開発された。生産品に対する低率課税,輸出税の免除などの特権で保護されたが,日清戦争後の清朝財政の窮乏のため経営が苦しくなった。

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大辞林 第三版の解説

かんやひょうばいてつコンス【漢冶萍煤鉄公司】

中国、清末に盛宣懐せいせんかいによって設立された製鉄事業を中心とする会社。漢陽製鉄所・大冶だいや鉄山・萍郷ひようきよう炭鉱を統合したもの。日本資本の影響を強く受けたが、第二次大戦後国営となった。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

漢冶萍煤鉄公司
かんやひょうばいてつこんす

中国の大製鉄企業。湖北(こほく)省の漢陽(かんよう)製鉄所、大冶(だいや)鉄山、江西(こうせい)省の萍郷(へいきょう)炭鉱を一括経営した。1891年、張之洞(ちょうしどう)の主導で設立された官営漢陽鉄政局を母体とする。1897年盛宣懐(せいせんかい)経営の官督商弁に移り、1908年民営の漢冶萍煤鉄公司(公称資本金2000万元、総弁盛宣懐)となった。以後、日本興業銀行(現、みずほ銀行およびみずほコーポレート銀行)、横浜正金(しょうきん)銀行(のちの東京銀行。現、三菱東京UFJ銀行)などを通じ多額の円貨債を導入し、1912年には日華合弁の仮契約を締結したが、株主総会で否決された。日本は二十一か条要求においても権益を主張した。1922年、大冶鉱の積出し港石灰(せっかいよう)(現、黄石(こうせき))にも大冶製鉄所を建設し、1928年萍郷炭鉱を分離した。1930年には日本側の借款を八幡(やはた)製鉄所が肩代りし、大冶鉱への依存を強めた。日中戦争の間は日本軍が接収、日本製鉄(現、新日鉄住金)の管理下に置いた。中華人民共和国成立後、漢陽は武漢(ぶかん)市の一部となり、郊外に武漢鋼鉄公司という一大コンビナートが建設され、中国重工業の一中心地になった。大冶製鉄所の後身、大冶鋼鉄廠(しょう)は、高級・特殊鋼の生産で名高く、1993年に大冶特殊鋼股(こふん)有限公司となった。[岡部牧夫]

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世界大百科事典内の漢冶萍煤鉄公司の言及

【萍郷】より

…地名は春秋時代,楚の昭王がここで萍(浮草)の実を得たためという。その後,山間の交通要衝であり続けたが,清末,湖広総督となった張之洞により,県内安源山の炭田が開発され,漢冶萍煤鉄公司の重要な資源基地となるとともに,一転して近代的工業都市への道をたどることになった。1905年(光緒31)漢陽に設けられた製鉄所へ石炭を供給するため,安源山より湖南株洲へ鉄道が引かれ,ついで東へも南昌,九江,杭州と結ぶ鉄道も設けられた。…

※「漢冶萍煤鉄公司」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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