日本歴史地名大系 「安部山」の解説
安部山
あべやま
〔南北朝・室町期〕
建武三年(一三三六)一〇月一〇日の斯波家長奉書(小早川文書)によると、将軍足利尊氏の命により「安部郷」内殿岡七郎入道跡が小早川宗平に預け置かれている。暦応元年(一三三八)一〇月二九日の松井助宗軍忠状写(土佐国蠧簡集残篇)に助宗が「安部城」の合戦に参陣したことが記され、今川範国が証判している。安部城は安倍川中流右岸の
安部山と記された確実な史料は至徳二年(一三八五)一一月一五日の足利義満御判御教書写(今川家古文章写)で、駿河守護今川泰範に同国
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報