宝巌興隆(読み)ほうがん こうりゅう

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「宝巌興隆」の解説

宝巌興隆 ほうがん-こうりゅう

1691-1769 江戸時代中期の僧。
元禄(げんろく)4年生まれ。曹洞(そうとう)宗。越後(えちご)(新潟県)弥彦山の神職の子。14歳で出家比叡(ひえい)山や奈良で台密,華厳(けごん),法相(ほっそう),三論,戒律をまなび,悉曇(しつたん)にも通じ,学僧として知られた。武蔵(むさし)騎西(埼玉県)全久院,陸奥(むつ)三春(福島県)州伝寺の住持をつとめた。明和6年10月26日死去。79歳。俗姓は高橋。著作に「禅門五派録」など。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

ローマ法王ともいう。ラテン語 Papaの称号はカトリック教会首長としてのローマ司教 (教皇) 以外の司教らにも適用されていたが,1073年以後教皇専用となった。使徒ペテロの後継者としてキリスト自身の定...

教皇の用語解説を読む