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宮村才蔵 みやむら さいぞう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

宮村才蔵 みやむら-さいぞう

?-1782 江戸時代中期の一揆(いっき)指導者。
淡路(あわじ)(兵庫県)三原郡広田宮村の農民。天明2年徳島藩洲本(すもと)支庁の増税策に反対した一揆(縄騒動)を指導。要求はとおったが,首謀者として山添村の清左衛門とともに同年処刑された。

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朝日日本歴史人物事典の解説

宮村才蔵

没年:天明3.2(1783)
生年:生年不詳
天明2(1782)年淡路国三原郡に起きた百姓一揆(縄騒動)の指導者のひとり。同国三原郡広田宮村(兵庫県緑町)の農民。当時淡路は徳島藩政下にあり,縄を供出していたが,洲本の役所から新たに農民に対して苛酷な供出命令が出され,縄方役所を設けての検査が厳重をきわめた。それに対し2年5月3日,山添村ほか3カ村が供出負担の軽減を求めて下内膳村の庄屋方へ陳情したのにつづき,13日才蔵の率いる広田宮村など6カ村が中筋村の庄屋方に押しよせ,新法の廃止を要求した。一揆の要求は受け入れられ,新法は中止されたが,才蔵はいまひとりの指導者山添村の清左衛門と共に獄中で斬首された。広田大宮寺の裏山に「天明志士記念碑」が建つ。<参考文献>『兵庫県史』4巻

(藪田貫)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

宮村才蔵
みやむらさいぞう
(?―1782)

江戸後期の義民。淡路島の三原郡宮村(現、南あわじ市)の農民。徳島城主蜂須賀(はちすか)家の支藩扱いであった淡路島で、1782年(天明2)縄会所、木綿会所の設立による増税に反対する一揆(いっき)が起こった(縄騒動という)。本藩の介入で農民の願意が通ったが、張本人として才蔵は梟首(きょうしゅ)となった。犠牲者をしのぶ記念碑が、兵庫県南あわじ市広田の大宮寺境内に建っており、板垣退助(たいすけ)の撰文(せんぶん)が刻まれている。[横山十四男]
『小室信介編『東洋民権百家伝』(岩波文庫)』

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