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淡路島 あわじしま

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

淡路島
あわじしま

兵庫県南部,大阪湾播磨灘紀伊水道を分ける瀬戸内海最大の島。島は古くから開かれ,南部の南あわじ市淡路国の国府,国分寺が置かれた。江戸時代は徳島藩蜂須賀氏の支配下に入り,洲本城を拠点とするにいたって洲本が島の中心地となった。

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デジタル大辞泉の解説

あわじ‐しま〔あはぢ‐〕【淡路島】

瀬戸内海最大の島。兵庫県に属する。もと淡路の一国をなし、近世は徳島藩領。気候温暖で、ビワ・ミカン・草花などを栽培。面積593平方キロメートル。[歌枕]

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百科事典マイペディアの解説

淡路島【あわじしま】

瀬戸内海東部にあり,明石海峡で本州に,鳴門海峡で四国に対する島。面積592.55km2。兵庫県に属し,洲本市,淡路市,南あわじ市に分かれる。北部は津名丘陵,中南部は洲本平野,南部は諭鶴羽(ゆづるは)山地で,最高点は諭鶴羽山(608m)。
→関連項目淡路[町]一宮[町]五色[町]西淡[町]瀬戸内海友ヶ島水道南淡[町]東浦[町]兵庫[県]北淡[町]緑[町]三原[町]

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世界大百科事典 第2版の解説

あわじしま【淡路島】

兵庫県に属する瀬戸内海最大の島。南北54km,東西24km,面積593km2。人口16万2738(1995)。東は大阪湾,西は播磨灘,南は紀伊水道に面し,明石海峡友ヶ島水道(紀淡海峡),鳴門海峡をへだてて明石市,和歌山市,鳴門市とむかいあう。行政上は1市2郡10町に分かれ,近世に蜂須賀氏城下町であった洲本市が行政や交通の中心になっている。本州と四国が瀬戸内海の陥没で分離したときに残った地塁状の島で,地形的に大きく北部の津名丘陵,南部の諭鶴羽(ゆづるは)山地と,その中間の地溝帯である三原平野洲本平野に区分できる。

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大辞林 第三版の解説

あわじしま【淡路島】

兵庫県南部、瀬戸内海最大の島。面積593平方キロメートル。南北に細長い三角状をなし、断層海岸にかこまれた山がちの島。古くより、阿波あわ国への路として重視された。大鳴門橋で四国と結ばれる。また、風光明媚めいびをもって知られる。⦅歌枕⦆ 「 -かよふ千鳥の鳴く声にいくよねざめぬ須磨の関守/金葉

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日本の地名がわかる事典の解説

〔兵庫県〕淡路島(あわじしま)


瀬戸内海東部に位置する島。播磨灘(はりまなだ)・大阪湾と紀伊(きい)水道を分け、南西部は鳴門(なると)海峡を隔て四国に対する。面積591.2km2は瀬戸内海の島では最大。兵庫県洲本(すもと)市・淡路市・南あわじ市からなる。南部を諭鶴羽(ゆづるは)山(標高608m)を主峰とする諭鶴羽山地が東西に走る。洲本平野・三原(みはら)平野を除き平地は少ない。北部は津名(つな)丘陵が占める。酪農と蔬菜(そさい)・花卉(かき)栽培の先進地で果樹栽培、播磨灘・紀伊水道では沿岸漁業も盛ん。ノリの生産量も多い。紡績・電機工業のほか、瓦(かわら)・タイル製造などの地場産業がある。1985年(昭和60)に開通した大鳴門(なると)橋で四国と、1998年(平成10)完成の明石(あかし)海峡大橋で本州の神戸(こうべ)市垂水(たるみ)区とも結ばれる。洲本港ほかから阪神(はんしん)地区の各港へフェリーが通う。渦潮(うずしお)で名高い鳴門海峡や名勝の慶野松原(けいのまつばら)などの景勝地は瀬戸内海国立公園に含まれ、海水浴客など京阪神からの観光客が多い。本州四国連絡道路の開通後、各種のリゾート開発が進んだ。1995年(平成7)1月の兵庫県南部地震で、島内は大被害を受けた。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

淡路島
あわじしま

兵庫県南部、大阪湾と播磨灘(はりまなだ)を隔てている瀬戸内海最大の島。佐渡島、奄美(あまみ)大島、対馬(つしま)に次ぐわが国第四の島で、面積592.00平方キロメートル、人口14万3041(2010)。「平成の大合併」を経て、2006年(平成18)には淡路市、洲本(すもと)市、南あわじ市の3市となった。行政、文化、経済の中心地は洲本市である。1985年(昭和60)6月南淡町(現、南あわじ市)と四国(鳴門市)を結ぶ大鳴門橋が開通。次いで1998年4月には淡路町(現、淡路市)と本州(神戸市)を結ぶ明石(あかし)海峡大橋が開通した。本州と四国を連絡する神戸淡路鳴門(なると)自動車道が島を縦断している。[吉田茂樹]

自然

島の中央部から北部にかけて津名丘陵が広がり、おもに花崗岩(かこうがん)からなり、明石海峡の陥没によって、同じ花崗岩質の六甲(ろっこう)山地と分断されている。津名丘陵の最高地点は妙見山(522メートル)で、六甲山地より一段低い開析の進んだ丘陵地で、両側が断層崖(がい)となり、地形的に地塁とよばれる断層山地である。島の南部には諭鶴羽(ゆづるは)山地が東西に延び、おもに和泉(いずみ)砂岩からなり、南岸は著しい断層崖となる。この山地の中央にある諭鶴羽山(608メートル)は淡路島の最高地点であり、東は紀淡海峡から和泉山脈、西は鳴門海峡から四国の讃岐(さぬき)山脈へ連なったものであるが、両海峡の陥没によって孤立化した山地となった。これら山地、山脈の南側には、西南日本を外帯と内帯とに分ける中央構造線(メディアンライン)とよばれる大断層線が走っている。津名丘陵と諭鶴羽山地の間には淡路平野が開け、島内の農牧業の中心地となっている。気候は瀬戸内式気候が卓越し、南岸を除くと年降水量は1300ミリメートル内外で、最寒月も5℃前後と、一般に温暖少雨である。[吉田茂樹]

歴史

『古事記』や『日本書紀』は、いずれも淡路島を日本で最初に生まれた島として記述するが、このことは淡路の海人(あま)族が早くから畿内(きない)の朝廷に属していたことを物語っている。淡路とは阿波(あわ)国に渡る道筋の島であり、阿波道(あはぢ)の意からきている。『和名抄(わみょうしょう)』では南海道淡路国として、津名郡10郷、三原郡7郷が記され、古代の国府はいまの南あわじ市の市(いち)地区付近に比定されている。中世に入ると23の荘園(しょうえん)が設立され、全島の開発が早くから進行していた。南北朝の動乱後は、阿波の細川一族が淡路を支配したが、戦国時代には三好氏、のち織田、豊臣(とよとみ)氏の支配下に入り、1615年(元和1)に阿波の蜂須賀(はちすか)氏の所領となった。1871年(明治4)の廃藩置県によって、淡路と阿波が名東(みょうどう)県(後の徳島県)となったが、1876年に淡路島全島が兵庫県に編入された。[吉田茂樹]

産業

淡路島は京阪神地方を大市場としての園芸農業、酪農業および牧畜業が盛んである。特産のタマネギは北海道に次ぐ全国第二の大産地で、県下の90%以上を占め、レタス、ハクサイ、キャベツも県下最大の生産地となり、ピーマン、イチゴ、ネギの生産も増大している。これは昭和50年代から始まった三毛作(水稲→ハクサイ・レタス→タマネギ)の急増によるところが多い。島内北部の東浦海岸では温室、フレームによる花卉(かき)栽培が盛んで、酪農は南部の南あわじ市を中心に発達し、乳牛頭数で県下の40%を超えている。肉牛の飼育も、県北の但馬(たじま)牛と並び称され、淡路牛としてブタとともに県下有数の飼育地に発達した。また、温州(うんしゅう)ミカン、ビワ、ナツミカンの生産も県下有数である。2003年(平成15)には、淡路町、北淡(ほくだん)町、東浦町(いずれも現、淡路市)が構造改革特区として自然産業特区の認定を受け、新たな農地開発事業が開始されている。水産業も淡路を代表するもので、漁獲高は県下の30%を占め、その大半はイカナゴの水揚げであり、ついでイワシ、エビ、タコ、タイが多い。水産養殖ではハマチが中心であったが、赤潮の発生によって1978年から激減し、かわってワカメ、ノリの養殖が増大している。[吉田茂樹]

文化

淡路島には弥生(やよい)文化を代表する銅鐸(どうたく)、銅剣の出土が多く、国の重要文化財に指定されているものもある。また、400年以上の伝統をもつ淡路人形浄瑠璃(じょうるり)は、国の重要無形民俗文化財に指定され、南あわじ市福良(ふくら)に常設館として淡路人形浄瑠璃館(大鳴門橋記念館内)が設置されている。同市の三条八幡宮(はちまんぐう)には「淡路人形発祥地」の石碑がある。さらに慶野(けいの)松原(国の名勝)など白砂青松の海岸景勝地が多く、『万葉集』などに多く詠まれ柿本人麻呂(かきのもとのひとまろ)の歌碑など、島内各地に文学碑がみられるのも淡路島の特色である。
 なお、1995年の阪神・淡路大震災では大きな被害を受けたが、復興対策が進められ、その一環として2000年には「人と自然のコミュニケーション」をテーマに淡路花博「ジャパンフローラ2000」が開催された。2002年のサッカー・ワールドカップ韓日大会ではイングランドチームのキャンプ地となり、2006年の「のじぎく兵庫国体」では競技開催地の一つとなった。[吉田茂樹]
『和歌森太郎編『淡路島の民俗』(1964・吉川弘文館)』

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世界大百科事典内の淡路島の言及

【兵庫[県]】より

…東経135゜の日本標準時の子午線が明石市を通り,北緯35゜と東経135゜の交差標識が西脇市にある。東は大阪府,京都府,西は岡山県,鳥取県に接し,北は日本海,南は淡路島を隔てて紀伊水道に面する。南北約170km,東西約110kmにわたり,本州では北端の青森県,西端の山口県を除けば,太平洋と日本海にまたがる唯一の県である。…

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