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富本豊前太夫(2代) とみもと ぶぜんだゆう

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

富本豊前太夫(2代) とみもと-ぶぜんだゆう

1754-1822 江戸時代中期-後期の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
宝暦4年生まれ。初代富本豊前太夫の子。2代富本豊志(とよし)太夫をへて安永6年2代を襲名。文化14年受領して2代富本豊前掾(ぶぜんのじょう)。美声で富本節の全盛時代をきずいた。文政5年7月17日死去。69歳。江戸出身。初名は富本午之助(うまのすけ)(初代)。

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朝日日本歴史人物事典の解説

富本豊前太夫(2代)

没年:文政5.7.17(1822.9.2)
生年:宝暦4(1754)
江戸中・後期,富本節の太夫。富本豊前掾 の子。初名富本午之助。幼少時に父親を亡くしたが,明和3(1766)年7月中村座で「文月笹一夜 下の巻」に出勤。初代斎宮太夫こと清水権次郎を後見にしての初舞台であった。7年に2代目豊志太夫と改名し,本格的に劇場での活動を始める。さらに安永6(1777)年1月に豊前太夫を襲名。同じころ,蔦屋重三郎が富本節の正本出版に乗り出したこともあって,富本節は初代豊前掾没後,その高弟富本大和太夫に頼っていた混乱期をみごとに脱し,隆盛への一歩を踏み出した。2代目豊前太夫の天性の美声が富本節流行の主たる理由であったことも間違いなく,その風貌から「馬づら豊前」の名で親しまれた。その肖像は当時の芝居絵にもみられる。文化14(1817)年10月受領して富本豊前掾藤原敬政となる。9年に清元節が分派・独立してから富本節は衰退したというが,2代目豊前太夫が没するまでは,富本節は常磐津節とともに江戸の劇場音楽の中枢を成していた。

(根岸正海)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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