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グラント グラントGrant, Duncan James Corrowr

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

グラント
グラント
Grant, Duncan James Corrowr

[生]1885.1.21. スコットランド,ローシーマーカス
[没]1978.5.10. オールダーマストン
イギリスの画家。パリで学んだのち,1913~19年ブルームズベリー・グループの代表者の一人となる。 R.フライとともにイギリス画壇に後期印象派を導入した最初の画家の一人とされている。

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グラント
グラント
Grant, Sir Francis

[生]1803
[没]1878
イギリスの画家。細密画法で狩猟を題材とした多くの絵を描いて名声を博した。 1851年ロイヤル・アカデミー会員,66年同会長。主要作品『2匹のスタッグハウンド犬とウォルター・スコット』 (1831,エディンバラ,国立肖像絵画館) 。

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グラント
グラント
Grant, James Augustus

[生]1827.4.11. ネアン
[没]1892.2.11. ネアン
イギリスの軍人,アフリカ探検家。 1861年以降,友人 J.スピークに同行して,ナイル川の源を求めるのに協力。アフリカの赤道地帯を踏査した。その旅行記が,『アフリカ徒行』A Walk Across Africa (1864) である。

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グラント
グラント
Grant, Ulysses S.

[生]1822.4.27. オハイオポイントプレザント
[没]1885.7.23. ニューヨーク,マウントマックグレゴール
アメリカ合衆国の軍人,政治家。本名 Hiram Ulysses Grant。第 18代大統領 (在任 1869~77) 。南北戦争時の連邦軍総司令官南北戦争勃発の際,エブラハム・リンカーン大統領の要望により北軍兵士の徴募,訓練にあたり,西部地域の諸作戦を指揮し,1864年3月北軍の総司令官に任じられた。

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グラント
グラント
Grant, Cary

[生]1904.1.18. イギリス,ブリストル
[没]1986.11.29. アメリカ合衆国,アイオワダベンポート
イギリス生まれのアメリカ合衆国映画俳優。本名 Archibald Alexander Leach。長年にわたりハリウッド映画界きっての二枚目スターとして人気を誇った。すさんだ家庭と貧しさから逃れるため,13歳で家出。

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百科事典マイペディアの解説

グラント

英国の俳優。ブリストル生れ。1932年映画界入り。H.ホークス監督のスクリューボール・コメディ赤ちゃん教育》(1938年)などの洗練されたコメディで人気があったが,A.ヒッチコック監督の《断崖》1941年)と《汚名》(1946年)でシリアスな側面を見せるようになる。
→関連項目ヘプバーン

グラント

米国の軍人。第18代大統領(1869年―1877年)。ウェスト・ポイント陸軍士官学校卒業後,米墨戦争で活躍。南北戦争中の1864年に合衆国陸軍総司令官となり,北軍を勝利に導いた。
→関連項目グリーリーリー

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

グラント Grant, Ulysses Simpson

1822-1885 アメリカの軍人,大統領。
1822年4月27日生まれ。南北戦争で北軍総司令官をつとめ,のち陸軍大将。1868年18代大統領(共和党)となる。引退後,世界歴遊中の明治12年訪日し,明治天皇と会見,琉球の帰属問題について日本と清(しん)(中国)間の調停をおこなった。1885年7月23日死去。63歳。オハイオ州出身。ウエスト-ポイント陸軍士官学校卒。

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朝日日本歴史人物事典の解説

グラント

没年:1885.7.23(1885.7.23)
生年:1822.4.27
アメリカ合衆国18代大統領。オハイオ州生まれ。陸軍士官学校卒。米墨戦争に参加。南北戦争(1861~65)に義勇軍大佐として従軍,勇名をはせ北軍総司令官,大将に累進。臨時陸軍長官を経て共和党から大統領に当選,2期務め(1869~77),在任中,岩倉具視遣外使節一行を接遇。引退後,世界漫遊の途,明治12(1879)年日本訪問,明治天皇と会談し国政に助言,日清両国互譲を説き琉球問題を斡旋し,翌年の北京会商に導く。<参考文献>国民精神文化研究所『グラント将軍との御対話筆記』,ヤング著宮永孝訳『グラント将軍日本訪問記』

(安岡昭男)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

グラント【John Graunt】

1620‐74
ロンドンに生まれ,商人であったが,著書《死亡表に関する自然的および政治的諸観察》(1662)によって,統計学の創始者の一人に数えられる。本書は,当時教会が毎週発表していた,埋葬届に基づく死亡表や出生記録を分析して,人間の出生,死亡に統計的規則性が存在することを提示したものである。当時まだ組織的な人口調査は行われていなかったので,これは人口統計学における画期的発見であったのみならず,大量現象のなかに存在する統計的法則性を初めて指摘したものとして,統計学史上重要な意味をもっている。

グラント【Ulysses Simpson Grant】

1822‐85
アメリカの南北戦争中の北軍最高司令官,第18代大統領。在職1869‐77年。オハイオ州に生まれる。1843年ウェスト・ポイント陸軍士官学校を卒業,対メキシコ戦争に際して勇猛さで名をあげた。54年から一時軍隊を離れ,ミズーリイリノイ両州で農業,不動産業などに従事した。南北戦争が勃発すると,大佐としてイリノイ歩兵志願兵部隊を指揮,その徹底した戦いぶりで〈無条件降伏のグラント〉というあだ名を得た。まもなく准将となり,ビクスバーグチャタヌーガの戦で勝利を収め,リンカン大統領の信頼を獲得,64年3月に連邦軍最高司令官に任命された。

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大辞林 第三版の解説

グラント【Grant】

〔Cary G.〕 (1904~1986) アメリカの映画俳優。楽天的で軽妙な演技と気品のあるルックスで人気を得た。ヒッチコック監督の作品に多く出演。代表作「泥棒成金」「北北西に進路をとれ」
〔Ulysses Simpson G.〕 (1822~1885) アメリカの軍人・政治家。南北戦争で北軍総司令官として勝利し、国民的人気を得て第一八代大統領(在任1869~1877)となる。

出典|三省堂
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世界大百科事典内のグラントの言及

【公害】より

… イギリスは暖房などの燃料に石炭を使用し,とくに首都ロンドンが大気汚染を起こしやすい地形であったため,早くから公害問題に悩まされていた。17世紀半ばには,有名な統計学の始祖J.グラントは,《死亡表に関する自然的および政治的諸観察》(1662)の中で,ロンドンの死亡率の高い原因を大気汚染に求めている。 産業革命は工場という〈魔法の杖〉で農村を都市に変えたが,当時の労働者の居住環境は地獄的なものであった。…

【生命表】より


[生命表の歴史]
 最も古い生命表はローマ帝国のウルピアヌスDomitius Ulpianusが364年に作成したといわれる年齢別平均余命表である。しかし,近代的な意味で初めて生命表を作ったのは,統計学の一大潮流の一つであるイギリスの政治算術学派の生みの親でもあるJ.グラントであるといわれる。彼は1662年《死亡表に関する自然的および政治的諸観察》を公刊した。…

【統計学】より

…いずれも17世紀にそれぞれイギリス,ドイツ,フランスで生まれたものである。統計そのものの作成は古く古代ローマあるいは古代中国にまでさかのぼることができるが,統計的な数字を用いて社会の客観的な認識が可能になることを説いたのがW.ペティであり,出生・死亡について法則性があることを実際に示したのがJ.グラントであった。彼らの方法は政治算術と呼ばれる。…

【南北戦争】より

…リー将軍は62年春北部に侵入したが,9月半ばアンティータムの戦で阻止された。早くから北軍に有利に展開した西部戦線では,北軍はオハイオ川から南下してミシシッピ川流域に入ったが,近代戦の性格を理解するU.S.グラント将軍が西部戦線の指揮をとるに至って戦局は急速に展開し,63年末北軍はテネシー州のチャタヌーガに入った。東部では再び北部に侵入したリー将軍を迎えうって,63年7月1~3日ゲティスバーグ会戦が行われた。…

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